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熊本の奇跡、つぶらが選曲するドライブで聴くとテンションがあがる楽曲

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つぶら
mysound大注目の人物がテーマに合わせた楽曲をピックアップし、その曲にまつわるエピソードや思い入れを語るプレイリスト企画。今回は、<ミスiD 2018>ファイナリストであり“熊本の奇跡”とも謳われる最注目美女・つぶらさんが『ドライブで聴くとテンションが上がる曲』をテーマにプレイリストを作成。その容姿からは意外なほど激しく、愛してやまないバンドとライブについて、まっすぐな表情で語ってくださいました。

Interview:つぶら

つぶら

つぶら “プレイリストに選んだバンドのライブは、全部観ています”

——<ミスiD 2018>ファイナリストとして注目を集めているつぶらさんですが、そもそもミスiDに応募されたキッカケは? つぶら 玉城ティナさん(<ミスiD 2013>グランプリ)が大好きで、ミスiD自体もずっと気になっていて。毎年応募しようと思ってはいたんですけど、なかなか出来なくて、今年やっと出来ました。 ——<ミスiD>の自己紹介PR文には“昔から俗に言う地味ーズ。何故か下に見られ、一線引かれる存在でした”とありますが、今こうして注目を浴びるようになって、どんな心境ですか? また何か身の回りで変わったことはありますか? つぶら うれしいです。ミスiDがキッカケで一番変わったのは、東京での仕事が増えたので上京して一人暮らしを始めたことですね。一人暮らし、大変です。友達もそんなにいなくて、同じように地元から出てきた子が何人かいるくらいで。 ——つぶらさんの音楽好きは、地元にいたときからですか? つぶら そうですね。高校を卒業して、2年くらいニートをしていて。その間、いろいろライブに行ったりしていて。もともと根が暗いんですけど、ライブを観ているときは、違う自分になれるんです。私は人からオススメされて音楽を好きになることはあまりなくて、ライブで生音を聴いて好きになることがほとんどです。今回プレイリストに選んだバンドのライブは、全部観ています。 ——今回作成していただいたプレイリストのテーマは、『ドライブでテンションが上がる曲』。普段、車を運転されることはありますか? ドライブ用にプレイリストを作ったりすることは? つぶら 地元は車がないと生活出来ないようなところなので、ドライブばっかりしていました。高速とか走るときは爆音で歌いながら走ったり。でも、今回みたいにプレイリストを作ることはないですね。集めたいっていう気持ちがあるので、音楽はCDを買って聴く派です。水曜日になるとレコードショップに走っています(笑)。 ——では、プレイリストの内容についてお話を。1曲目は、Crossfaith とイギリスのバンドSKINDREDのボーカル、Benji Webbeのfeat.曲“WildFire”。 つぶら ライブでよく聴く曲ですね。ライブ中は暴れています(笑)。Crossfaithは、ライブに必ず行くくらい好きです。でも、一緒にライブに行く友達はこっちにあんまりいなくて。地元だと、音楽が好きで知り合った友達とかもいるんですけど。 Crossfaith – “WildFire(feat.Benji Webbe from Skindred)” ——2曲目は、新潟出身のメタルコア、スクリーモバンドa crowd of rebellion“Nex:us”。 つぶら a crowd of rebellionも、よくライブを観に行く好きなバンドのひとつですね。ツインボーカルで高い声とデスボイスの掛け合いがカッコいいです。 a crowd of rebellion - “Nex:us” ——3曲目にセレクトした“GUNSHOTS”は、スカンキン・アンセム。SiMもずっとお好きみたいですね。 つぶら そうですね、結構前からライブを観に行っていますが、首がもげそうになります(笑)。SiMの“JACK.B”っていう、あんまりライブではやらない曲があるんですけど、その曲をライブで聴けたときはうれしくて、一気にテンションが上がります。 SiM - “GUNSHOTS” ——4曲目、ヒステリックパニック“うそつき”。MVも含めて、すごく強烈なアプローチの一曲です。 つぶら ヒステリックパニックも地元にいるときからライブに行っていて、福岡まで観に行ったりもしていました。ボーカルがすごく特徴的でおもしろいですよね。 ヒステリックパニック - “うそつき” ——5曲目、04 Limited Sazabys“Do it Do it”。英詞ですが、背中を教えてもらえるポジティブな内容ですよね。 つぶら そうですね。この曲もそうなんですけど、英語の歌詞は自分で調べて訳してみたりします。人によって解釈が違ったりするから正解かどうかはわからないんですけどね。あまりライブではやってくれないんですけど、好きな曲です。 04 Limited Sazabys - “Do it Do it”
つぶら つぶら

10-FEET、ハイスタ、Dragon Ashも登場! つぶらが選曲する『ドライブで聴くとテンションがあがる楽曲』残り6曲もチェック!

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interview & text by 野中ミサキ photo by 山本春花

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【インタビュー】ルーシー・ローズ 大きな転換点を経て気づく”音楽を愛する理由”

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Lucy Rose
2015年リリースの前作『ワーク・イット・アウト』が全英チャート9位にランクインした、現在のイギリスを代表するシンガーソングライターの一人、ルーシー・ローズ。彼女が約2年振りに発表した3rdアルバム『サムシングス・チェンジング』は、彼女のキャリアにとって大きな転機を刻む重要作品だ。 転機のきっかけは、昨年行ったサウス・アメリカ8か国を回るアコースティック・ツアー。SNSを通じて直接ファンにブッキングを呼びかけ、バックパックを背負って時にファンの家に泊まりながら旅した同ツアーによって、彼女は自分を見つめ直し、音楽を作る理由を再発見することになる。 その後、彼女はメジャーの〈ソニー〉からインディ・レーベル〈コミュニオン・レコーズ〉へと移籍。ブライトンでのレコーディングという新たな環境下で、商業的な打算や妥協を一切せず、自身の作りたい音楽を100%思い通りに作ったという。その結果、本作はとても純度が高く美しい感情が詰め込まれた、実に瑞々しい傑作に仕上がっている。 彼女は現在、英米やヨーロッパだけに留まらず、中南米、インドや東南アジア諸国など、世界各地を半年以上かけて回るワールドワイド・ツアーの真っ最中。その途中、昨年11月の初来日以来に訪れた東京で、話を聞いた。

Interview:ルーシー・ローズ

——最新作『サムシングス・チェンジング』は、昨年行ったサウス・アメリカ・ツアーに大きく影響されて作られたそうですね。そのツアーはあなたの夫が撮影したドキュメンタリーになり、YouTubeでも公開されています。そのツアーをやろうと思った、最初のきっかけについて教えてください。 セカンド・アルバムのツアーが終わった後、自分が音楽を作っている理由を見失って、このままじゃ次のレコードに取りかかれない感じがしたの。だから、旅をして世界を見て回ることにしたのよ。サウス・アメリカには私のライブを待ち望んでいるファンがたくさんいて、TwitterとかFacebookを通じて何度も連絡をくれていたんだけど、それがまだ実現できていないことをずっと申し訳なく思っていたから、サウス・アメリカを回ろうと決めたの。曲を演奏してファンの皆に幸せになってもらいながら、同時に行ったことのない街や人々の暮らしを見てみようって。 ——前作のツアー後、自信を失っていたのはどういう理由からですか? あのアルバムはチャートで9位にもなり、とても成功した作品でもあったわけですが。 そうね。あのセカンド・アルバムはとても成功したし、私のキャリアにとっては今のところピークだったと思う。でも、あの当時を振り返ると、私はそれまで感じたことがないくらい不運に感じていたの。音楽を始めてから10年もの間、そのポジションをずっと目指して夢見てきたはずなのに、いざそうなってみると、私は向いていないんだって感じてしまって、何のためにやっているのか分からなくなったの。 音楽業界に染まって、やりたいことを諦めたり、妥協したりすることは簡単なんだと思う。そこにいると、とても大きなプレッシャーがあって、それに合わせて自分をフィットさせればいいんだから。でも、それでは私自身の思い描く幸せや成功を妥協することになる。だから、今回はチャートや成功することじゃなくて、何より自分自身でいることを重視して音楽を作ろうって決めたのよ。 ——サウス・アメリカ・ツアーのドキュメンタリーを見ると、あなたはファンとギターを教え合ったり、音楽について意見を交換したりと、とても親密な体験だったことが伺えます。その経験はあなたの音楽への向き合い方にどのような影響を及ぼしましたか? そうね、かなり影響があったと思う。あのツアーが始まった頃、私には自信が欠けていたの。何がやりたいのか、人生に何を求めているのか、全く分からなくなっていた。でも、あの旅で自分を発見することができて、私が音楽を作る理由を改めて学べた感じがするわ。たくさんのファンと会って話をしたんだけど、そうすると自分の音楽がどう聴かれて、私がどう見られているのかが分かってくるの。ラジオでかかるためのテンポがどうだとか、それまで私が気にしていたことなんて大したものじゃないって思えたの。 Lucy Rose - Something's Changing
——音楽を通じた人との繋がりの大事さを、改めて気づけたということですね。 そう。「あなたの音楽を聴いていると、私の人生は大丈夫なんだって感じられる」って言ってくれる人や、自分の音楽がどれだけ大事なのか伝えてくれる人がいて、これこそ私が音楽を愛して、音楽を作っている理由なんだって気づけたの。本当にシンプルなことだったのよ。一人で家で音楽を作っていると、たまにたまらなく孤独を感じることもあるわ。でも世界の裏側には、私と全く同じように感じている人がこんなにもたくさんいるんだって実感できた。それってとてもパワフルなことだと思うの。新しいレコードは、そういうファンのことを思って一緒にいるように感じながら作ったの。 ——南米にあなたのファンがたくさんいると聞いて、少々意外にも思いました。実際に話をしてみて、彼らがあなたの音楽を発見したきっかけというのは何でしたか? ツアー中ずっと、私も皆にその質問を聞いてたの(笑)。特にイギリス以外の国では、私の音楽はよく知られているっていうわけじゃない。サウス・アメリカではフィジカルでもリリースされていないし、ラジオでかかることもなければ、レーベルがあるわけでもない。でもずっと聴いていると、ストリーミングでは人気があるみたいだったわ。たぶん、一番のきっかけはアニメの『蟲師』なんじゃないかしら。 ——“シヴァー”が『蟲師』のアニメ二期のオープニング曲に選ばれたのを聴いて、ファンになった人が多いんですね。 あのアニメはサウス・アメリカでとても人気があって、それを通じて私のことを知ってくれた人が多いみたい。彼らはラジオとかで情報を得られない分、インターネットを通じて熱心に情報をリサーチして、いろんなバンドや音楽を自ら進んで見つけようとしている。そういう姿勢も素晴らしいと思うわ。 Lucy Rose - Shiver
——昨年末には、初来日のツアーを行いました。初めて日本に来て、どのような感想を持ちましたか? 東京は私が絶対に行ってみたい都市No.1だったの。日本がどんなに素晴らしい国か、東京がどんなにすごい街か、いろんな人からいつも聞かされていたから(笑)。だから、とても興奮していたのを覚えてるわ。でも、前回の来日では飛行機で具合が悪くになってしまって、初日は最悪の気分だったの。ホテルで、生涯一というくらいにトイレに籠って、トイレにもボタンがいっぱいついてて訳が分からなくなって、頭がグルグル……みたいな。 ただ、いざショーを始めると、やっぱりファンと実際に交流するのはとてもスペシャルなことだって実感できたわ。毎晩ベストな演奏をしたいと思っているのはもちろんなんだけど、ファンとコミュニケーションすることが私にとってはとても大事なことなの。こんなに離れた場所にも自分の音楽を聴いてくれる人がいるってことが実感できるし、また戻ってきたいと思えるから。 ——それから、最新作『サムシングス・チェンジング』を新しいプロデューサーのティム・ビッドウェルとレコーディングすることになります。彼と出会い、今作を一緒に作るようになった経緯を教えてください。 私の友達の友達で、前作のミュージック・ビデオを担当してくれた人が推薦してくれたの。その当時は、旅から帰ってきて、メジャー契約を終了してマネジメントも自分でやることに決めた頃で、私にはすでに次のレコードに対する明確なヴィジョンがあった。それを実現するために、いろんなプロデューサーと試していたんだけど、実際に会って一番適任だと思えたのがティムだったの。私がやりたかったライブ・テイクでのレコーディングを得意としていて、今一緒にツアーを回っているバンド・メンバーを紹介してくれたのも彼なの。また、彼は人生で出会った中でも最高に面白い人。レコードはかなりシリアスなんだけど、実際には笑いとか陽気なムードが時に必要だから、楽しい経験だったわ。 ——今作からメジャー・レーベルの〈ソニー〉ではなく、インディの〈コミュニオン・レコーズ〉へと移籍しました。その選択をした理由を聞かせて下さい。 サウス・アメリカの旅から帰ってきて、私はとてもエネルギーに満ち溢れてポジティヴな気持ちだった。それで〈ソニー〉の人とミーティングを行って、正直な話し合いをしたの。私はこれまで作ったことのないような最高のレコードを作れるような気がしてる、でもラジオがプレイしてくれるような曲かどうかを保証することはできないって。 それって、彼らにとっては大問題なの。音楽と産業についてはとても難しい問題で、どうしても利益を出さないといけないから、ラジオ頼りになっている部分がある。それで妥協しなきゃいけないことも多々あるけど、今回は私自身のためにも、ラジオとか気にせずに作りたいレコードを作りたいと思ってたの。でも、彼らは本当に良くしてくれたのよ。まだ一枚分の契約が残っていたんだけど、私の意見を尊重して送り出してくれて、やりたいようにやる自由をくれたんだから。 ——ニュー・アルバムはロンドンではなく、ティムがブライトンに持っているスタジオでレコーディングしたそうですね。ロンドンとブライトンでは街の雰囲気も違うのではないかと思うのですが、ブライトンでの生活が本作に与えた影響があれば教えてください。 ブライトンでのレコーディングは2週間だけで、その間滞在しただけなの。だから、音楽そのものはブライトンに影響されてはいないかもしれないけど、エネルギーの部分では影響があるんじゃないかな。ブライトンは海沿いの街で、ロンドンとは全く街並みが違う。ロンドンはとっても動きの早い都市だけど、ブライトンはもっとリラックスした感じ。それがレイドバックして落ち着いたレコードの雰囲気にも表れていると思うわ。 ——また、本作にはドーターのエレナ・トンラ、ベアーズ・デンのマーカス・ハンプレット、そしてステイヴズがゲスト参加しています。彼らもブライトンのスタジオに招いてレコーディングしてもらったんですか? マーカスはブライトン在住だから、直接スタジオに来てくれたの。エレナとステイヴズは、レコーディングが終わった後にロンドンで追加録音したの。少しハーモニーを加えたいと思っていて、エレナに音源を送ったら「ぜひやりたい」って言ってくれたから、ロンドンのスタジオに入って一時間くらいでレコーディングしたのよ。 ——本作のリード・トラックにもなっている2曲目“イズ・ディス・コールド・ホーム”は、「ここはホームじゃない」と繰り返し歌われる悲しげな曲調ですが、最後にポジティヴな転調をして、「私にあなたの手を握らせて」という歌詞でエンディングとなります。この楽曲が作られた経緯を教えてください。 あの曲は、去年の夏、ドイツにいた時に書き始めたの。最初はギター・パートから書き始めて、それに合わせてハミングしながらその時の感情をリリックにしていったわ。その時に頭にあったのは、今ヨーロッパ中で大きな問題になっている難民危機のこと。毎日のように報道されて、一歩ドアを開けて外に出れば起こっていることなのに、私は何もしていないような気がして。だから、とても大きな悲しみが曲に込められているんだと思う。でも、エンディングは彼らに救いの手を差し伸べる人だっているんだって歌っている。それはドイツの影響も大きいの。彼らは国を挙げて何万人も難民を受け入れて、彼らを全力でサポートしているから。 Lucy Rose - Is This Called Home
——今回の日本を含むツアーは「ワールドワイド・シネマ・ツアー」と銘打たれています。このタイトルはどういう意味で付けられたものですか? 新作のストーリーは、サウス・アメリカの旅のストーリーと深く繋がっていると思うの。私の夫が撮ったサウス・アメリカ・ツアーについてのドキュメンタリーは、新作でも大きな役割を担っていて、レコードにもっと意味を与えてくれる。今世界を見渡すと、ネガティヴなニュースが溢れているけれど、あのドキュメンタリーにはとてもポジティヴなストーリーとメッセージがあるの。人間性について、旅について、肯定的な体験について……。そういったものを、今回のツアーとショウでも皆に体感してもらいたいという意味で付けたの。でも、特にイギリスだと映画のチケットは本当に高いんだけど、私のツアーは出来る限り安い値段でチケットを売るようにしているから、その点は「シネマ」とは違うよね(笑)。 ——あなたのツアー・スケジュールを見ていると、これから来年まで、本当に毎日のように世界各国でライブをすることが決まっているようですね。多くのアーティストにとって、世界をツアーで回るというのは素晴らしい経験であると同時に、とてもハードでもあると聞きます。あなたにとって、世界各国をライブして回るというのはどのような経験なのでしょうか? そうね。ずっと旅をする点ではとてもハードだけど、私はそれが大好き。普通のバンドだと、イギリスでライブをやってヨーロッパを回って、時々アメリカに行ったりするくらいだけど、それで忘れられている国々や地域が広大にあって、そこにもライブを待ち望んでくれるファンがいる。彼らと実際に会うことは、私にとっては本当に大事なことなの。 ツアーの途中でそういう国を通り過ぎるとき、申し訳ない気持ちになったりもする。熱心なファンがいるのに、私たちは彼らのことを気にしてもいないんじゃないかって。だから今回は出来る限り多くの国と街を回って、ショウを見てもらうことに決めたの。Facebookで投票してくれた地域でライブする「ホームタウン・キャンペーン」を行ったのも、そういう理由から。例えば、来年行く予定のマレーシアのクチンっていう街は、今まで聞いたことがなかった場所だけど、そこに行くのが今から楽しみで仕方ないわ!

RELEASE INFORMATION

Something's Changing

Lucy Rose NOW ON SALE Lucy Rose ¥2,100(+tax) [amazonjs asin="B072K5WM7B" locale="JP" title="サムシングス・チェインジング"] 詳細はこちら

text & interview by 青山晃大

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【インタビュー】SWANKY DANK最新作『Smokes』リリース!新しいフィールドであげた“狼煙“の先とは?

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SWANKY DANK
いまの時代にPOP PUNK(ポップ・パンク)を標榜し、活動しているなんて……。これはけっして揶揄しているわけではない。 POP PUNKと聞くと、エッジの効いたパンキッシュなサウンドにキャッチーで耳馴染みの良いメロディ、疾走感と爽快感に加え、そこはかとない解放感溢れる景色豊かな音楽性がパッと浮かんでくる。 10年前ならともかく、いまやPOP PUNKは日常様々な音楽の中で当たり前に溶け込み、あえて、それを自身のアティテュードとして掲げるバンドは少ない。 しかし、だからこそ、あえてこの時代、そのPOP PUNKを自身のアティテュードとして背負い、牽引し、標榜し続けているバンドが居る。そう、SWANKY DANKだ!! あえて自身の音楽性をPOP PUNKと標榜し、活動している彼ら。しかし、それはあくまでも出自や精神的な例え。実際の彼らの音楽性は、そのPOP PUNKを基軸に、その都度自身がかっこいいと思った様々な音楽性が採り込まれ、独自の解釈と昇華を交え、SWANKY DANK流POP PUNKとしてライブを中心に放ち続けている。 そんな彼らが結成10周年の今年メジャーデビュー。タイトルに「狼煙」の意味を込めた、フルアルバム『Smokes』を発表した。かねてから独自な活動を行い現在まで辿り着いた彼ら。まず浮かんだのは、そんな彼らに今さらメジャーデビューの必要があるか? との疑問だった。そして、多くを問ううちに見えてきたのは、彼らの揺るぎないPOP PUNKの拡大と可能性への挑戦、そしてそれをあえてメジャーフィールドで行う意味や意義であった。 SWANKY DANK流POP PUNKの求道、ここに極まれり!!

Interview:SWANKY DANK

SWANKY DANK ——今回メジャーへの移籍となったわけですが、ここまで自主的に充分やってこられて、今さらその必要性があったのか? が、まずは大きな疑問でした。 YUICHI 今回のアルバムタイトルの『Smokes』自体にも、その辺りの意味合いを込めているんですが……。今回の移籍は、俺たちSWANKY DANKが、このシーンの狼煙(のろし=煙で自分の居場所に気づいてもらう。大きな動きのきっかけとなる行動を起こす、の意味)を上げてやるって意義が強いです。確かに悩みましたよ。やっていることも変わらないし、変えるつもりもないし。あとは、結成から10年目の節目でもあったんで、ここでもう一度、メジャーというフィールドで、「ここにSWANKY DANKが居るんだ、見てみろよ!!」そんな意味合いの移籍でもありました。 ——その中には、これまで自分たちが標榜していたPOP PUNKのアティテュードを保持したまま、あえてメジャーのシーンで勝負してやる的な意気込みも伺えます。 KOJI パンクシーンの中でも今の時代、スタンダードじゃないバンドが居ても俺はいいと思っていて。俺たちを見て、POP PUNKを目指してくれるキッズや、“このまま、自身のこの音楽性を貫き通してもいいんだ!!”と、バンドが奮起してくれるキッカケになれれば嬉しいですよね。特にキッズたちには、「SWANKY DANKみたいな道もあるんだ!!」と、道しるべ的な役割になりたいですから。 ——ちなみにSWANKY DANKにとってのメジャーでやっていく上でのメリットとは? YUICHI 関わる仲間が増えていくことで、客観的な意見が増えていくことかな。今までのままだと、どうしても同じ目線だけになっちゃう。だけど違う目線で、自分たちの知らない自分をもっと教えてもらったり、可能性も知りたいですからね。だけど、それもガッツリ組まないとなかなか意見しづらいところもあって。常に新たな自己の発見をしたいし、絶対にその方が自身の成長にも繋がりますから。 ——50/50でお互いに高め合っていく為にも、このディールは必要だったと? YUICHI ですね。いい意見であればフレキシブルに取り入れていきたいし、反面自分たちが守るべきスタンスは、流されずに保持していく覚悟です。 ——そんな中、今回の『Smokes』は原点回帰的なニュアンスも含まれているそうですが? YUICHI 初期衝動をメインにしたところが今作にはあって。いわゆる、“やってみたかったから、とりあえずやってみた”みたいな。例えば、「ちょっとここを転調させてみようぜ」とか、「このバラバラな楽曲を一つに繋げてみたらどうなるんだろう?」とか。「メタルのフレーズを弾きたいから弾いてみた」等々。おかげさまでレコーディングも初期の頃のように、かなり新鮮さがありました。 ——その辺り非常に伝わってきます。 YUICHI あとは、10年前に出した『SWANKY DANK』という1stアルバムに収録していた曲の歌詞と、今回の楽曲の中の歌詞の世界観をリンクさせたり、“捧ぐ歌”(今作M-4.)に関しては、“Letter”って初期の頃の曲とリンクさせたりしてますからね。 ——歌詞にもオマージュ感を散りばめていたんですね。気づきませんでした。 YUICHI 歌詞も初期の頃から段々と変わってきましたから。今回、制作前に改めて1stの頃の歌詞を読んだんですが、日本語もすごく多くて、丸々日本語の詞の曲もあったり。それを改めて聴いた時に、俺たちの基になっているものの不変性に気づいたんです。であれば一度、ここで自分たちの精神面を10年経って研ぎ澄まされた今の自分たちでやってみよう、とか。 ——リリックもよりシンプルでメッセージ性に重きが置かれた印象を受けたのですが、それも手伝ってのことだったんですね。 YUICHI テクニックやスキルといった培ってきたものを踏まえた上で、不変的だった部分を今の俺たちで描き直してみたくて。シンプルなんだけど、あえて英語の韻の踏み方を工夫してみたり。言葉のチョイス等は、あの頃とは一線を画したものに進化させられたし、新しいものとして提示できたんじゃないかな。 ——では今作は、原点回帰でありながらも、これまで培ってきたものの集大成であり、いま採り入れたいもの、今後、進むべき際に必要となってくるべきものが同居した作品でもあると。 YUICHI 進化はさせているつもりだし、逆に初期衝動、自分たちがワクワクする部分や、やってみて自分たちでもスゲえと感じられる要素も収められた自負はあります。精神面でもこれまでで最も楽な作品作りやレコーディングでしたよ。 SWANKY DANK / Colors【Official Video】
——他にも自分たち以外の楽器を入れたり、電子音やエフェクト効果を有効に使った箇所もありますよね。 KOJI 紆余曲折ありながらも、ここまでSWANKY DANKを続けてこれたが故の作品になったかなって。証しというか……。おかげさまで、10年間POP PUNKをやり続けた上での集大成的な作品にもなりましたから。 KOTA 僕が入る前のSWANKY DANKって(KOTAは2012年に加入)、単純に歌が上手くて、爽やかでかっこいいバンドといった印象だったんですが、そこからの成長や経てきた道、見い出してきた自分たちのPOP PUNK観が詰まった1枚になってますからね。 ——SWANKY DANKのPOP PUNKは、ウェットさや哀愁があり、一般的なPOP PUNKの定義である、カラッと爽やか、ポップで聴き易い、その範疇に留まっていないですもんね。 KOJI 一般的なPOP PUNKのイメージからは多少異質に映るかもしれませんね。わざとアメリカ西海岸のようにカラっとさせてないし。俺たちダークさも好きだし、持っているし。あとエモい部分も。陰と陽、その両極をSWANKY DANKは、これまで大切にしてきましたからね。ウェットな部分とカラっとした部分の両方を合わせ持つ、それが俺らなんで。で、それらをあえてPOP PUNKと呼んでるところはあります。 ——いまの時代、POP PUNKを自負したり、アティテュードに持っているバンド自体少ないですからね。 YUICHI 10年~15年前までは、ファッション的にも音楽的にもPOP PUNKのバンドたちが台頭していたんですけどね。いつの間にかみんないなくなっちゃった。そんな中、あえて自分たちだけはそれを保ち続けてやるとの決意はありましたよ。“こんなにカッコ良くてヤバい音楽は他にはねぇし、みんながやらなくなっても、俺たちはこの音楽が好きだから、やり続けてやる!!”“俺らがこのシーンを引っ張っていなかくちゃいけない!!”って。 ——心折れずに、ここまで続けてこれたのには感服します。 YUICHI この音楽性が好きですからね。周りのパンクバンドがどんどん上に行っちゃう中、“悔しいけど、この音楽は絶対に間違っちゃいない!”と信じてやってきましたから。だからこそ今、この瞬間、このシーンと方法論で狼煙を上げてやる!!って意思も強いんです。心折られてたまるかですよ、まったく。 KOTA もう今さら、ここから違った音楽シーンにも行けないし(笑)。 ——逆にこのような様々な音楽性が取り込まれているが故に、色々なタイプの対バンとも共演できるメリットもありますよね。 YUICHI まっ、結局、POP PUNKと言っても、日本のバンドである俺たちがやる音楽がPOP PUNKであればいいんです。逆に今作は前作ミニアルバムほど、POP PUNKの概念にとらわれていないところはあるし。

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【インタビュー】DJ KAORIの本当の凄さ、知りたくない? 90年代のNYからEDM隆盛の現代について。そして“時代のBPM”とは

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DJ KAORI
90年代中盤、NYを拠点にDJを開始すると人気ヒップホップDJファンクマスター・フレックスの目に留まり、彼が率いるDJ集団ビッグ・ドッグ・ピットブルズに参加。 マーク・ロンソンら当時NYでDJ活動を行なっていた面々とも現場で苦楽を共にしてきた、日本を代表する女性DJのひとり、DJ KAORI。 彼女が最新ミックス作品『Dj Kaori's Inmix 7』を完成させた。“日本で最も売れてるノンストップミックス”として知られるこのシリーズは、これまでもヒップホップ/R&B系を中心に人気曲を多数収録。 そして10年の前作以来実に7年振りとなる今回の新作では、トラップを筆頭にした最新ヒップホップやモダンR&B、カルヴィン・ハリスやザ・チェインスモーカーズのようなEDM、そしてポップ・スターなどが手を取り合って様々な冒険を繰り広げる現在のシーンの中から、このシリーズらしさ溢れる瞬間を見事に切り出している。 彼女が『Dj Kaori's Inmix』シリーズに込めた思いや、最新作の内容について聞いた。

Interview:DJ KAORI

DJ KAORI ——新作に繋がる話なので最初に聞かせてもらいたいのですが、DJ KAORIさんは90年代~ 00年代中盤にNYの音楽シーンの第一線でDJ活動をされていましたね。 私は元々音楽好きでレコードを集めていて、でも当時「DJをする」というのは今より敷居の高いことで、周りにDJを職業にしている人が多いわけでもなかったので、最初は趣味という感じでした。今思うと、それはかなり熱心な趣味だったとは思うんですけれど、そうやってレコードを集めている間に、徐々にDJになっていったという感じです。 今はデータがあるからすぐにDJができちゃうけど、当時は、自分がレコードを持っていないとDJができなかったんですよ。そういう意味でなるのにすごく時間がかかる職業なので、昔はいきなりDJになるっていう人はほとんどいなかったと思います。「音楽が好きで、レコードを集めて……」っていう人が多かった。 だから、DJありきってわけじゃなく、“音楽ありき”って部分があると思います。NYに行ったばっかりの頃はすべてに興奮していましたね。クラブも東京より盛り上がっていたし、みんなが音楽でひとつになっていて。レコードも安かったし、ラジオをひねっても音楽に溢れているんで、ものすごく興奮したし、楽しかったですね。 当時のNYは特に流行の発信地的な部分もあったので。ただ、はっきり言って、NYでDJをやるという経験は、楽しいと思う瞬間は色々あったものの、かなり大変でした(笑)。毎日一生懸命って感じでしたね。 ——今回新作がリリースされる『Dj Kaori's Inmix』シリーズはKAORIさんが日本に帰ってくるちょうど05年にはじまっています。このシリーズをはじめたのは、NYでの経験もきっかけのひとつだったんでしょうか? そうですね。日本に帰ってきたとき、こっちでは(ヒップホップやR&Bのような)音楽を聴く機会が少ないと思ったんです。ラジオとかでもそれほど機会がないし、当時はメディアも少なかったので、いい曲はいっぱいあるんだけど、聴くところもなければ、楽しむところも分からなければ、ノリ方も分からないという状況で。 そんな状況だと、人が好きになるわけはないですよね。なので、「音楽を聴く機会があれば、もっと色んなところに広がっていくんじゃないか」という気持ちではじめたのが『Dj Kaori's Inmix』でした。もっと多くの人に知ってもらいたいけど、当時はまだまだアンダーグラウンドだったものを、「みんなに聴いてほしい!」という、そんな気持ちだったと思います。 ——つまり「いい曲があるから聴いて欲しい」というDJとしての根本的な気持ちから始まったシリーズだったんですね。そしてこの作品は日本でも人気のシリーズになっていきました。 長い間現場でやってきた感覚が助けになった部分もあったんだとは思いますし、「日本でも多くの人に聴いて欲しい」という気持ちで、プロモーションにせよ何にせよ、なるべく人に伝わるように、セルフプロモーションじゃないですけど、色んなことをしていきました。選曲や曲の繋ぎ方は、その時のタイミングですよね。それって時代ごとに変わっていくと思うので。 ――新作を聴かせていただくと、モードがまた変わっているのがすごく面白かったです。 聴きやすくなってるでしょ? 無駄な動きをしなくなった(笑)。最近はもう、なるべくスムーズに繋ぐようになっているんですよ。若い頃は無理して色々いれたくなってたけど(笑)。 ——日本でこのシリーズが受け入れられたことは、すごく嬉しかったんじゃないですか? そうですね。実際私がNYにいた時もそうだけど、00年以降世界中でヒップホップのような音楽がブレイクして、私もヨーロッパにも仕事で呼ばれるようになって、フランスやイギリスに結構行っていて。そのときって、向こうでもジャ・ルールとかがかかってて、「時代は変わったな」ってびっくりしました。 Holla Holla
私が90年代半ばぐらいにNYでDJを始めた頃ってまだまだ白人の人はヒップホップを聴いていなくて、私がDJしていたレストラン・バーとかでは、「ヒップホップはかけちゃダメ」って言われていたんです。でも、そういうムードが徐々に変わってきて、P・ディディや2パックがそれをキャッチーにして……。本当にヒップホップやR&Bが一般層に広がって、90年代の後半になると、むしろ「ヒップホップをかけろ!」みたいになって。 時代は変わるな、って思いました。00年代はそういう時代でしたね。あと、私は00年代の前半はNYと日本を行ったり来たりしていましたけど、「これじゃあ売れないな」と思っていたんですよ。結局、日本に帰ってきても、ゲストみたいな感じになっちゃうんで。 ——KAORIさんはNYでDJをしつつ、00年頃から日本でCDも出していました。 そうなんです。00年ぐらいからCDを出しはじめて。だから、そういうことも通して徐々に意識が変わってきたんですよ。04年くらいには、「東京で腰を据えてやらなくちゃ」と思っていましたね。 ——それで帰国したわけなんですね。それからの10年ちょっとというのは、日本でもクラブやフェスがかなり広がった期間だったと思います。 洋楽も盛り上がっていたし、日本のヒップホップやR&Bも盛り上がってきて、国内のアーティストもたくさん出て来るようになりましたよね。AIちゃんや(加藤)ミリヤちゃんみたいに色んな人たちが出て来て、クラブ以外でもアーティストと一緒にイベントをやるスタイルがすごく増えて行って。それに今、最近5年くらいで、日本にクラブがどんどん増えていますよね。一時期ちょっとアレな時代もありましたけど、クラブが当たり前になって、今は北海道や大阪、名古屋のような地方にもクラブが本当に増えていて。 その結果、クラブに行く層にも幅が出てきていると思います。普通にサラリーマンが会社帰りに来るようなところもあれば、渋谷みたいにストリートっぽいところもある、みたいな。銀座とかにも色々ありますしね。 ——その「色々ある状態」というのは、クラブにとってあるべき姿ですよね。色々な人が行ける場所としてクラブがある、と。とはいえ、10年代に入ってからは風営法の問題もありました。DJ KAORIさんも他のアーティストの方と連名で抗議の声明を出されていましたね。 あれはおかしかったですよね。だって私、クラブの治安が悪いとは思わないもん。「まだ外に出てるだけいいよ!」みたいな(笑)。「発散できる場所があった方が絶対いいよ。落ち込むくらいなら踊って忘れた方がいいよ」って思うし。 だから、ぜひみなさんも遊びに来てほしいです。今は全然敷居が高くないし、「怖い」って言う人もいるけど、実際はそんな場所じゃないし。「六本木に行ったら殴られるんじゃないか」って、そんなのイメージですから(笑)。 ——普段クラブで遊んでない人たちの話が変に広まったりもしているんでしょうね。 最悪ですよ(笑)。今はクラブってほんと安全ですから。「何かあったらセキュリティーを呼びなさい」「大丈夫、君たちは巻き込まれないから」って。酔っ払って変なことする人には気をつけた方がいいけど、節度を守ってね。そんなことよりも楽しいことが沢山ありますよ。

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【インタビュー】藤井隆、「芸人」という核を持ちながら音楽でも才能を発揮するエンターテイナーの魅力に迫る

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藤井隆
作曲と共同プロデュースにチャレンジし、音楽ファンからも高い評価を得た前作『Coffee Bar Cowboy』から約2年。藤井隆のニューアルバム『light showers』が再び高い完成度を誇る仕上がりを見せた。 今回は先行公開された90年代のCM風動画がそのこだわりと当時を知る者にはクスッと笑える細部へのこだわりで注目されたが、アルバムのテーマも「90年代の音楽」。 藤井隆 "light showers" CFまとめ
NONA REEVES、宇多田ヒカル、サカナクション、FPMらのレコーディングやライブツアーに関わって来た冨田謙が前作に続きプロデューサーを務め、EPO、YOU、堂島孝平、西寺郷太(NONA REEVES)、葉山拓亮(Tourbillon)、シンリズム、RIS、澤部渡(スカート)、ARAKI(BAVYMAISON)、そして冨田謙という多彩な作家陣を迎えた本作。 どこか懐かしい90年代テイストでありつつ、今のファンク〜ダンス・ミュージック・テイストに更新されたサウンド、藤井魅惑のバリトン・ボイスもさらに磨きが。 しかし本人には歌手の自覚はないという。徹底したプロデューサー、そして芸道にも通じる職人気質はどこから生まれるのか? 新作を軸に藤井隆という稀有なエンターテイナーの軸に迫る。

Interview:藤井隆

藤井隆 ——前作『Coffee Bar Cowboy』が11年ぶり、しかも初のセルフプロデュースで。完成度の高さを気に入ってらして、「棺桶に入れて欲しい」とまでおっしゃっていて。 はい。最初に西寺郷太さんに「棺桶に入れるつもりでやってください」って言われたんで。 ——それだけ気に入った作品の後の作品ってハードルが一つ高くなったのかな? と思いまして。 いや? そもそもの話になって来るんですけど、私は吉本所属なのでCDをリリースしないといけない理由は無いんです。そんな中、「CD買いますね」って言ってくださる有難い方達の存在の数である、分母を僕は理解している上でやらせていただいてます。CDのデビュー当時っていうのはタレント業の中の一つのやり方として、当時のレコード会社の社長さんや関わって下さった皆さんがテレビに出ながら歌うってことの意味をチャレンジさせてくださったと思うんです。 で、そこから時を経て、非常に大切なアイテムを僕はいただけてたんだとわかりました。それはテレビ出てるだけじゃ会えなかった方とか、テレビを見て歌の方に来てくださったとかあるんですよ。 一方で、やっぱり僕には好きな先輩方というのは、寛平師匠もそうですし、きよし師匠とか三枝師匠(現:文枝)、さんま師匠、ダウンタウンさん、今田さんも、それぞれのタイミングでレコードを出されてるんですよね。 そういう方たちがいてくださるから、僕も機会をもらえたと思ってますので、歌手ではもちろんないし、卑下してるわけでもなんでもなくて、立場としてね。人様に見てもらうためのアイテムの一つ何ですよ。なので最初にいただいた質問の「前作を超えるプレッシャーが」というのは今言われるまで何も思ってなくて。 ——あ、そうなんですか? もちろん『Coffee Bar Cowboy』はちょっと思い入れがある一枚では確かにあるんですけど、そうなって来ると最初のアルバムは松本隆先生ですし、そう考えると怖くてそんなことそれ以降できなかったと思うので(笑)、当時からそういうことは感覚としてなかったかもしれません。 ——前作では作曲もされていましたが、今回は歌い手として注力された印象があります。 そう言っていただけるとありがたいですけど、実はあんまり自覚がなくて。『Coffee Bar Cowboy』の時に兼重哲哉さん(本作も同様)というエンジニアの方に音を録っていただいたんですけど、兼重さんのおかげで客観的になれるというか、ボーカル録りの最中は照れ臭かったりするんですけど、それが終わったら兼重さんのエンジニアリング力で他人事になれる(笑)。だから歌い直してる時も意味がわかりますし、変な言い方になりますけど、「ここがいいんだよ」って言われると、「あ、そうですね」って思えるぐらい他人事になれるんです。文字になると怖いんですけど、自分のボーカルにはさほど興味がないんで(笑)。 藤井隆 ——意外です。明確にあったテーマというのは、「90年代的なCM」のイメージなんですか? あ、断然。わかりやすく言うと「タイアップ・ステッカー貼りたかったんです」っていうのが一番にあって、あともう一つ、CMソングが子供の頃からずっと好きなんです。CMソングは企業がキャンペーン期間中、すごい予算を使って制作に携わって、しかも曲には商品名が入ったり入らなかったりとか、で、CMでは商品名入ってるけど、レコードには入ってないとか、そういう熱量の高いCMソングみたいなことをやってみたかったんだと思うんですね。 ——あの時代はCMのための制作があった、その膨大なエネルギーに影響されていたと。 そうですね。じゃあ80年代のCMソングとの違いは? と聞かれたら、好きなので困るのですが、自分自身が90年代に一番テレビやCMで音楽を観て聴いて、そしてバンバンCDを買っていたので愛着があるのだと思います。80年代の「CMソング」と90年代の「タイアップソング」という呼ばれ方の違いといいますか、タイアップソングから感じる「歌の強さ」みたいなのをやってみたかったのかもしれません。 商品や出演者、コピー、映像に完全に寄り添うだけじゃなくて、中には先ず楽曲ありきのような採用のされ方をしてるCMや、楽曲が強すぎてなんのCMか一回では分からなかったりするCMもあって、楽しかったんだと思います。 ——だから不思議な体験なんです。映像を見るとオマージュでもありある種パロディにも見えるんですが、音源だけで聴くと明らかに今の作品になっているところで。 それはすごく嬉しいお言葉です。プロデューサーの冨田さんにご相談して受けていただいたのは——冨田さん、キーボーディストなので、90年代のそういうシンセサイザーだったり、音を使うとかはあるはあるんですけど、そこにこだわってるわけではなくて、最初に「せーの」って手を引く時の合言葉として「90年代のCMソング」っていうのがあっただけで、そういうふうに聴いていただけたらほんとに嬉しいです。 ——今回も多彩な作家の方が参加してらっしゃいますが、どんな基準でどんな曲をどなたにというビジョンはありましたか? それはほんとにケース・バイ・ケースなんですけど、基本的には冨田さんに相談しました。別にCMも決まってないんですけど、そういうことにご興味を持ってくださったり、理解を示してくださる方で、別に「そういうことは架空なのでできません」って断られたことは無かったと思います。 藤井隆

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【インタビュー】オダギリジョー、阪本順治監督。チェ・ゲバラ、日本映画をInterFM897映画『エルネスト』特番で語る

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エルネスト
映画『エルネスト』が10月6日(金)全国ロードショーとなる。映画の公開を記念し、InterFM897にて10月4日(水)にスペシャルプログラムが放送された。今回、その模様をQeticでもお伝えする。 現在ではTシャツのプリントなど、ファッションアイコンにもなっているチェ・ゲバラ。世界で最も有名な革命家の一人で、キューバ革命を成し遂げた中心人物として知られている。 キューバ革命後、日本では知名度のなかったチェ・ゲバラが広島を訪問。そこで彼の言葉を聞いた林記者、“ヒロシマ”をみたチェ・ゲバラと、エルネストと名付けられた「もう一人のゲバラ」と呼ばれる日系人のフレディ前村。彼らを中心に映画『エルネスト』の物語は進んでいく。 チェ・ゲバラのボーダーを超えた魅力はなんなのか。フレディ前村を演じるオダギリジョーはチェ・ゲバラに何を感じるのか、そして阪本順治監督はなぜチェ・ゲバラではなく、フレディ前村に焦点を当てた作品を作ったのか。本作の舞台はキューバで、撮影もキューバで行われたが、それは“日本”映画という括りなのか。 InterFM897のスペシャルプログラムではラジオDJの野村雅夫さんが、監督・阪本順治さんと主演のオダギリジョーさんに数々の質問を投げかけた。 チェ・ゲバラとの出会いや林記者が残したメモ、撮影裏のエピソードについても語られている。

text by Qetic・船津晃一朗

Interview:オダギリジョー、阪本順治

エルネスト
左から:阪本順治、オダギリジョー、野村雅夫
——前半はチェ・ゲバラについてのんびり語っていこうと思います。僕とオダギリさんは世代が近いのですが、阪本さんは僕らよりも少し年上です。いつチェ・ゲバラの存在を知ったのでしょうか? 阪本順治(以下、阪本) 大学時代に、割とリベラルな新聞を作っていたんです。僕はノンポリ(ノン・ポリシー)でしたが、先輩たちが語る政治的な言葉から色々勉強させてもらったことがきっかけですね。その時点で英雄として語られていましたが、まだ学生運動をしているような時代だったので、中にはメンタリティーを共有しなきゃいけないと思っていた人もいたと思います。 ——オダギリさんはいかがですか。 オダギリジョー(以下、オダギリ) 僕はもう覚えてないですね。 ——政治的な側面ではなく、Tシャツなどのファッションアイコンとしての側面から入ったということでしょうか? オダギリ いや、そうとも言えないんですけど。「初めてビートルズの曲聴いたのはいつですか?」と聞かれても答えられないのと同じで、自然とアンテナに引っかかったんだと思います。 エルネスト ——僕もオダギリさんと同じく気がついたら、という感覚なんですよね。広島のエピソードも元々知ってはいたのですが、映画で観るとリアリティーが全然違っていて、すごく良いなと思いました。阪本さんもお調べになった中で、チェ・ゲバラに対して今まで持っていた知識と違うイメージに行き当たったことはありましたか? 阪本 広島の時は、チェ・ゲバラがまだ知られてない時で、広島に来ることになった時、取材に手を挙げたのは中国新聞の林さんという記者なんです。あとの大手新聞社は、誰かわからないし少佐程度だし、大した話は出ないと言って行かなかったんですよね。その林記者が記事にしなかった取材メモが残っていたんですよ。それを今回の映画のために、家族の人から提供してもらったんです。だからチェ・ゲバラの周りで起こることは、当然フィクションは入れつつ、要所要所の言葉は直接聞いた林記者のメモから取っているんですよね。 ——残してらしたんですね。 阪本 その時林記者もチェ・ゲバラが何者なのかわからないままだったんですけど、その後キューバ危機が起こり、改めてチェ・ゲバラのことを調べると、キューバ革命の英雄だったりして、林記者の興味が続いたんですよね。その中で、チェ・ゲバラは広島で何を見てどう感じて、キューバ危機の時にどう発言したかとか、これからの核戦争の危機の中で、広島で見たものをどういう風に解釈したのかだとか、そういうことを林記者は論文にしようとされてたんです。だからすごく大事に残されていた。 ——論文という形ではないけれども、今回映画で間接的に林記者のメモにスポットが当たっていくというのは良いことかもしれません。 阪本 そうですね。実際ご家族は本にされました。『ヒロシマのグウエーラ―被爆地と二人のキューバ革命家―』(渓水社)として出版されています。 エルネスト ——オダギリさんも今回の映画を通してチェ・ゲバラの見え方が変わったのではないかと思います。今感じている魅力って何でしょう? オダギリ やっぱり発言とか思想というか、チェ・ゲバラが言ってることは間違いじゃないなと改めて思うことはあるので、そこは本を読んだりするたびに魅力には思います。 ——思想的なところに共鳴するか否かは別として、一人間でもあったわけで、歴史だと何か間違ったりすると全部悪者とか、完全に英雄とか、見方が別れちゃうのが普通ですけど、チェ・ゲバラはその間のグラデーションが豊かにある人だから、それぞれの興味・思想によっても何らかの興味が持てる懐の深さみたいなものがあるなと改めて思いました。

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【あいつとオフィス訪問】NEXON(ネクソン)に潜入!オンラインゲームの草分け、多様な側面を持つオフィスに迫る

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当たり前ですが、世の中にはたくさんの会社があります。そしてその会社の数だけ私たちの生活を豊かにする、サービスやモノ、情報があります。私たちが普段利用しているサービスや、意識せずとも触れているモノ等を生み出す会社のオフィスがどんな場所で、どのような人が働いているか、気になったことはありませんか? そんな気になるオフィスに、Qeticのマスコット「あいつ」と潜入するシリーズ【あいつとオフィス訪問】。前回、『アイアン・フィスト』や『ラスト・キングダム』、『テラスハウス』等、数多くの人気オリジナル作品を配信するNetflixオフィスに潜入。「あいつ」もその素敵なオフィスに大興奮していました! Netflix潜入記事はコチラから! Netflixに続くオフィス訪問シリーズの第二弾として、今回Qetic編集部が訪れたのは、オンラインゲーム大手の「NEXON(ネクソン)」。 『メイプルストーリー』、『アラド戦記』、『マビノギ』といった人気タイトルを配信し、オンラインゲームの黎明期からeスポーツ* が流行の兆しを見せ始めている現在まで、業界で存在感を放ち続ける会社です。そして実は、あの任天堂さんに次ぐ、ゲーム業界で二番目の時価総額とのこと!『メイプルストーリー』、プレイしたことある方多いのではないでしょうか。 *「エレクトロニック・スポーツ」の略。コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称。 果たしてそのオフィスは、どのような雰囲気で、どのような方々が働いているのか。どうしても気になった我々Qetic編集部は「あいつ」と六本木にある NEXONオフィスに向かったのでした。 ところで「あいつ」、『メイプルストーリー』やってた? あいつ「メイポ!」 略語を知っている……だと……?

NEXONに「あいつ」と潜入!

やってきましたNEXONオフィス! ロゴのフォントも素敵ですよね。なんというか“NEXON”のロゴはこれしかないというか、ゲーム会社っぽいというか、スタイリッシュかつ革新的というか。こう……ほら……なんとなくわかるでしょ? あいつ「ソウネ」 (絶対思ってないな。) ご覧くださいこの広大なエントランスを。だけども決して来客の方を萎縮させない温かみのある空間。おもてなしの心がひしひしと感じられ「あいつ」も完全にリラックスモード。 お客様をまず始めに迎えてくれる「メイプルキノコ」ちゃんとパシャり。とっても可愛らしいですね。 あいつ「ミテ」 見てるよ。悔しいけど、すごく可愛いよ。 あいつ「ミテ」 近いな! 見てるよ! あいつ「キャッツ❤アイ」 違うよ。はしゃぐ気持ちはわかるけど、まずは受付を済ませよう。 引くぐらい近いな……。 あいつ「カンリョウ」 吐くほど早いな。いつ受話器に触れたかもわからなかったよ。アバターが受付してくれるのもゲーム会社ならではだね。 じゃあ早速中にお邪魔しよう! ここがあのNEXONのオフィス……。当たり前ですが皆さん熱心に働かれています。パソコンに集中している方もいれば、仕事の会話をしている方もいて、働きやすい環境&風通しのよさが感じられます。 あれ? 「あいつ」どこいった? ちょっと目を離したらこれだから……。 んん? あの方が抱いているのはもしや……。 ってオーウェン・マホニー社長じゃないですか!!!!! あいつ「シャチョーサン」 知ってるわ! そこをすぐにどきなさい! マホニー社長、大っっ変失礼致しました!! めっちゃ微笑んでくれてる……。「あいつ」の無礼な行為にも快く対応してくれる懐の広さ。そしてこのスマイル。なんて魅力的な方なのでしょうか。 スタッフの皆さんが働かれている部屋で、しかも同じデスクで作業をされていることにも驚きました。これだけ大きい会社となると「社長室」のようなものが設けられ、ゴルフのパター練習を黙々とこなして、ガハハと笑っているものですが……。この辺からも会社の風通しの良さが伝わってきますね。 さあ、「あいつ」あんまりお邪魔しては失礼だから(すでに失礼だけど)、そろそろ行くよ。マホニー社長、本当にありがとうございました! (すごい名残惜しそうだな……) 次にやってきたのは開放的な多目的スペース「ハングアウト」。ここではミーティングをしたり、お昼を食べたり、そしてゲームをしたり(?)と、スタッフの方が自由に使用できるスペースとのこと。椅子の色がカラフルで、オフィススペースではありながらも、“遊ぶ”ためのスペースのような印象もあります。 自由に遊んでも良いという「スーパーファミコン」がズラリ!  歴代の名作ゲームが会社で遊べるなんて……。羨ましい! 奥にはそのほかにも様々なゲームが。TVゲームだけでなく、ボードゲームなども揃っています。 ゲームをただ遊ぶだけでなく、プレイすることによりアイデアを得たり、次のタイトルのヒントが見つかったりするのでしょうか。……仕事の一環とはいえ羨ましいです! あいつ「エンジョイ」 (狭いところ本当に好きだな) さ・ら・に! 無料で利用できるマッサージチェアも完備! いたれりつくせりとはこのことです! え? なに? 「あいつ」、体をほぐしていきたいの? だが残念!! 君のわがままbodyではマッサージチェアを楽しむことは不可能だ! 諦めて次の部屋へ行こう! hahaha! あいつ「・・・」 ご……ごめんって。 ここはライブラリースペース。この日は中に入れませんでしたが、ゲームの本を中心にいろいろな本が置かれていて資料として借りられるとのこと。この通り、打ち合わせでも使用できるそうです! そしてこちらがミーティングスペース。中には大きめのディスプレイがあり、ここでも打ち合わせが可能とのこと。水色の仕切りがポップで、遊び心を感じますね。 さらにはなんとオフィス内に畳のスペースまで! ちゃぶ台&「ファミコン」でレトロ感満載かと思えば「Nintendo Switch」まで完備。いくらゲーム会社とはいえ、こんなにいたるところにゲームができる環境が整えられているなんて……。これはゲーマーの方にはたまらないオフィス環境なのではないでしょうか。
今回も前回のオフィス訪問と同様に、スタッフの方にお話を伺う機会をいただきました! この場所に集まって頂けるとのことですので、「あいつ」と小休憩しながら待たせてもらうことに。 あいつ「ヒトヤスミ」

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【対談】上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ 2人のエネルギーが凝縮されたライヴ・アルバム『ライヴ・イン・モントリオール』

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少し大げさかもしれないが、彼らの音楽を聴いているとあらゆる感性、感情、肉体的なパワーを結集して人生を楽しみたい、まだまだ自分は何も出しきれていないという、渇望に気づくようなところがある。 ザ・トリオ・プロジェクト、矢野顕子との5年ぶりのプロジェクトを経て上原ひろみが新たなパートナーとして発見したアーティストもまた、彼女同様、生きるエネルギーを音楽で最大限、体現している人物だった。コロンビア出身でメロディ、コード、ベースラインからリズムを同時に演奏する、およそ世の中のハープの常識をぶち壊す(!)ジャズ・ハープ奏者のエドマール・カスタネーダ。 出会いから約1年。上原がこのプロジェクトのために書き下ろした新曲や、エドマールのオリジナル、そしてカヴァーも交えたスリリングで愉悦に満ちたライヴ・アルバム『ライヴ・イン・モントリオール』は、デュオのシンクロと攻防の両方が充満した作品になった。 それにしても新しい音楽の旅をしているこの二人、世界的なジャズ・プレイヤーという以前にとびきりチャーミングな笑顔で、その場をチアフルなムードにしてくれる、最高のコンビだ。 Hiromi & Edmar Castaneda - Fire (Live in Montreal)

対談:上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ

上原ひろみ エドマール・カスタネーダ (c)2017 Juan Patino Photography

——今回のアルバム・ジャケットを見たときにニューヨークのキッズみたいだと思って(笑)。 上原・エドマール ははは! ——これまでの上原さんのジャケットとは雰囲気が違いますよね。 上原 そうですね。この前ヨーロッパをツアーしたときにも、笑ってる写真って珍しいねって言われたので、皆さん同じことを考えるんだねって話をエドマールとしました(笑)。 ——(笑)。上原さんがエドマールさんを見初めたのが2016年の<モントリオール・ジャズ・フェス>だそうで、その時の印象はどんなだったんですか? 上原 まずハープというものに対して全く無知に等しかったというか、皆さんが思っているようなハープと同じような知識しかありませんでした。オーケストラの中でとか、クラシカルなイメージしかなかったので、彼を見たときにハープってこんなに情熱的でリズムに溢れてるものなんだっていうのがびっくりしました。 ——エドマールさんのハープの奏法に影響しているバックボーンってなんなのですか? エドマール まだ学び途中でもありますし、自分が何をやってるか今の段階でどういうことをやろうとしてるのか見出そうとしてるのでうまく言い表せませんが、最初に演奏し始めたのはコロンビアの伝統的なフォーク・ミュージックです。そこから16歳でニューヨークに出てきて、ジャズとかファンクとかいろんなものが入ってきて、自分の音楽に混じり合ったんです。 ——オリジナルなスタイルであると。 エドマール もしかしたらこの冒険とか自分のやってきたことは小さい頃から夢を抱いてきたことで、それで少しずつ時間をかけて新しいスタイルを作り上げてきたんですね。でも一言で自分のやってることを言うならば、神様からのプレゼントであって、その神様の存在を自分の音楽を通してみんなに伝えていくというのが一つあると思います。 ——なるほど。上原さんはエドマールさんに直接声をかけられた頃、音楽家としてのプランはどういう状態だったんですか? 上原 基本的にいつも何か面白いものはないか、面白いミュージシャンはいないかというのを狩人のように(笑)、探しているんですね。「Like a Hunter」。 エドマール ははは! 上原 だからいつもライヴを観に行ったり、人に「いいよ」と言われたものを聴いたり、アンテナを張り巡らせているんですけど、ほんとに今回はラッキーな運命の巡り合わせというか、なんかもう出会うべくして出会ったなという感じがしています。すごく……最初に見たときにすごく衝撃を受けたのと同時に「一緒にやりたいな」という気持ちが生まれて。で、一緒にやって、なんで今まで一緒にやらなかったんだろう? と思うぐらい新鮮な音の混ざり合いがありました。 ——エドマールさんは上原さんに対してそれまでどんな印象を持ってらっしゃいましたか? エドマール 名前は知っていましたが、実際に演奏を聴くチャンスがなかったので、オープニングアクトを務める時、初めて聴いてもう驚いて。ワオ! って。ヒロミが一つ一つの音、一つ一つの演奏にかけていく情熱の凄さ、それが心からピアノに伝達していくことに驚きました。バックステージでずっとジャンプしてたから疲れてしまいましたけど(笑)。 ——(笑)。お二人の音楽って人生楽しもうぜ! っていう印象があります。 エドマール いつも楽しんでます。お話ししたり一緒に飲んだり食べたり、叫んだり(笑)。 上原 叫ばないよ!(笑) ——ちなみに一番最初に演奏した曲はなんですか? エドマール “エクオルダス”です。 上原 アルバムには入っていない曲です。 エドマール 出会いから1か月後にヒロミのブルーノートNYのライヴに出演することになったのですが、サウンドチェックで初めて一緒に演奏したときに、とにかく驚くぐらい通じるものがありました。実はハープとピアノってどういうふうに演奏を一緒にできるかな? って、ちょっと怖かった部分はあったんです。しかもあんなに素晴らしいクラブで演奏するということもあって。でもすべてうまく行っちゃったという。何かあったんでしょうね。もう何年も前からやってたような感じがありました。 ——ブルーノートNYでのライヴが初演だったんですか? 上原 そうです。当日のサウンドチェックで初めて一緒に音を出しました。 ——すごい! エドマール リハーサルしてないのにできるかな? って不安でしたけど。 上原 当日、4時から6時ぐらいまでサウンドチェックをしながら合わせて、そのあと8時からコンサートという。 ——すごい……。 上原 そこでは全編ではなく、数曲ゲストで出てもらいました。 エドマール ほんとに素敵な瞬間でした。ファースト・セットが終わった後、もう観客もすごく大騒ぎだったので、「今の見た?」みたいな感じで二人で見つめあっちゃいました。なんか変なもの見たんじゃないかと思うぐらい(笑)、素晴らしいときでした。 上原 ほとんど会話をしてなかったので、ブルーノートで会って、演奏してバタバタしてたのでほとんど会話もないまま、音の方が先に会話をしたことがある状況だったので、終わって「Nice To Meet You」って(笑)。 エドマール ははは。「君の名前は何だったっけ?」って感じ。 上原 ブルーノートには楽屋が二つあるんですけど、ベランダで繋がってるんですね。で、暑かったのでエドマールが外に出て、私も出た時に初めて会話をしました。でも、そしたらすぐ出番だと呼ばれたので、ほんとに二言三言だけ(笑)。 ——音楽で話せると。ところで上原さんがエドマールさんのハープの曲を聴いた時にアレンジが難しいなと思われた部分ってありますか? 上原 ハープはピアノでいう黒鍵の音が出せないので、その制約の中で曲を作るというのはとてもチャレンジングでしたね。 ——半音がないというふうには聴こえないのが不思議で。 上原 制約が新しい可能性のドアを開いてくれて、いつも自分が作らないような曲を書かせてくれた気がします。 ——いろんな楽器と共演されてきて、ハープって何が近いですか? それとも何にも似ていない? 上原 私は、ハープと一緒にやりたかったと言うよりはエドマール・カスタネーダと演奏したかったんですね。エドマールが弾いてるハープと演奏したかったので、曲を書くときもハープのためにというよりは、エドマーのハープがいつも念頭にありました。 エドマール フフフ。 ——照れてる(笑)。今回、共演するにあたって書かれた新曲の中で逆にエドマールさんの中で新しいドアが開いた曲はありますか? エドマール ヒロミが言ったように自分が弾くハープのために書いてくれたというのが大きいです。だから自分もいろんなことをやっていこうと選択肢が広がりました。それに即興がなにより大好きなんですけど、こういうグルーヴ感とこういうパートナーで大きな爆発を引き起こすことができるっていうのはすごく恵まれていると思うし、これまで共演してきた人たちは落ち着いた演奏する感じの方が多かったんですけど、ヒロミはついていくために「もっと走れ、もっと走れ、もっと走れ」ってペースを上げていかなきゃいけない、そういうのは初めてでした。 上原 彼が言ってるのは速さではなく、エネルギー・レベルのことなんです。自分と同じようなエネルギーを持ってる人はなかなかいないって(笑)。 エドマール パワー! 上原 カモーン!「Here We Go!」って(笑)。 ——ライヴの動画を拝見してるとエドマールさんは踊りながら弾いてるじゃないですか? ハープとダンスしてるみたいな。 上原 もともとダンスしてるんですよ。ダンサーだもんね? エドマール コロンビアのフォルクローレのダンサーで。タンゴやサルサを踊っていました。 ——腑に落ちました。 エドマール (笑)。身体の中に踊ることによってメトロノームのようなものが根付いたんです。 ——民族的なダンス以外に好きなダンスはありますか? エドマール タンゴ、フラメンコ、タップダンス、ありとあらゆるダンス。リズムがとても大事なので。 上原 私も踊れないけどダンスはすごい好きです(笑)。

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【インタビュー】ドミコ・さかしたひかると新進気鋭のイラストレーター・Kellyの互いをリスペクトし合う関係

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さかしたひかる(Vo/Gt)と長谷川啓太(Dr)によって2011年に結成され、独自性、独創性で他とは一線を画す存在として活動を続けているドミコ。 10月18日(水)には2ndアルバム『hey hey,my my?』をリリース。今作のアートワークは、前作『soo coo ?』に引き続きカナダの新進気鋭のイラストレーター・Kelly Bastowによる描き下ろしによるもので、その独特のタッチで描かれる数多のマーメイドは、ドミコの鳴らす音楽を絶妙に視覚化している。

ドミコ 『hey hey,my my?』ジャケット:Kelly Bastow

ドミコ 2ndアルバム < hey hey,my my? >ティーザー
今回、QeticではそのKelly Bastowと、ボーカル・さかしたひかるとのメール形式での対談を実施。お互いに訊きたいことを質問として作成してもらい、それぞれの想いを交換してもらった。 互いの作品に抱く感想や、何かを生み出す人間同士の質問など、住む場所は遠く離れど、リスペクトしあう二人の関係が伝わるメール対談となった。 ドミコ

さかしたひかる(ドミコ)×Kelly Bastow(イラストレーター)

Q&A-1

さかした:初めて見知らぬ日本のバンドから連絡が来た時にどう思った? Kelly「地球の裏側から私の絵に興味を持ってくれる人がいる事にとても驚いて舞い上がってしまった。ドミコの音楽を聴いた後、一緒に作品を作れる事にとても興奮した」 Kelly:あたらしいアルバムの曲は何にインスパイアされてできたか? さかした「長期的に蓄積されていったものがすこしずつ、最近すきなアコースティックなものが少し」

『hey hey,my my?』曲目

Q&A-2

さかした:あなたにとって絵を描く事の意味は? Kelly「それは私にとって逃避であり、リラックスさせてくれるものでもある絵を描き上げた時、私はとても幸せで誇らしい気分になる事ができる」 Kelly:あなたはどんな時でも曲を書くことができる? 行き詰ったりフラストレーションがたまってしまう事もある? さかした「常に書くことはできるけど、遠くにある実家の廊下で歌ってできるものは、ドミコからかけ離れててある意味面白い」

『hey hey,my my?』ジャケットラフ:Kelly Bastow

Q&A-3

さかした:絵を描く事はただの発散なのか、それともエネルギーを注いで描いている? Kelly「私は芸術の神様がわたしを抱きしめてくれる時に絵を描く。時々気分がのらなかったり、一週間くらい何も描かない時がある。でも突然何かに刺激(インスパイア)を受けて新しい何かを生み出したくなる」 Kelly:いままでの経歴で一番印象的だったものは? さかした「<フジロック>(日本でイカしてるフェス)にこの前出た時に機材トラブルが起きたけど、その場で機材なしで急遽やった曲で会場が盛り上がった時に、初めて自分の音楽がこの世にちゃんと存在しているんだなあと実感して印象的だった」

前作『soo coo ?』ジャケット:Kelly Bastow

配信リリース限定『くじらの巣』ジャケット:Kelly Bastow

Q&A-4

さかした:もし絵を描いていなかったらどんな人生を過ごしていた? Kelly「古着が好きだから、たぶんファッション関係の仕事についていたと思う」 Kelly:ドミコとしてのあなたの最終的な夢やゴールは? さかした「ゴールがあるのかもしれないけど、知らないままがいい」

Q&A-5

さかした:世界でたった一人になったとしてもまだ絵を描き続けている? Kelly「たぶん描き続けていると思う。もっと抽象的なものになりそうな気がするが」 Kelly:あなたの音楽を通して、どんな空気感や感情を伝えたい? さかした「匂いよりも、ノスタルジーな感覚にさせるメロディーが世の中にあって、たまに遠い実家にふらっと帰ってしまうくらい心を動かしてしまうものがある。帰った時になにも思うことがなくなることもあるけど、そのくらい不確かだけどなにかしら心動かしてくような不思議な音楽をしていたい。だから作るメロディーもなんとなくノスタルジー」 ドミコ / こんなのおかしくない?

Q&A-6

さかした:絵を描くこと以外に何かやりたい事は? Kelly「子供たちのために漫画や本を描いたりして私の人生を分かち合ったり、お料理を習ったり、幸せになること」 Kelly:音楽以外に興味がある事は? さかした「お酒、知らない食べ物、機械、おれも古着がめっちゃすき!」

Q&A-7

さかした:どんなものや絵があなたに影響をあたえた? Kelly「Carson Ellis、Craig Thompson、Jen Wangのようなアーティスト。私が育ったニューファンドランド島の壮大な景色。神話や伝説にもインスパイアされる」 Kelly:いつかカナダに来てみたい? さかした「いきたい!!!!行ったらオススメの料理屋さんおしえて~」

『hey hey,my my?』バッグカバーラフ:Kelly Bastow

『hey hey,my my?』バッグカバーラフ②:Kelly Bastow

『hey hey,my my?』バッグカバー:Kelly Bastow

Q&A-8

さかした:日本に来た事がある? もしくはきてみたい? Kelly「お金がたまったらいつか行ってみたい!」 Kelly:暑いのと寒いのどっちがすき? さかした「暑いほうがすき、冬は酒が美味く感じるから寒いのも好き」

Q&A-9

さかした:他に何かやりたい事はある? Kelly「どこかの農村で、初めての温泉に入って。テクノロジーから離れた世界でおいしいものを食べる」 Kelly:3枚目のアルバムのプランはある? さかした「なんとなくあるけど、強烈な気分屋なのでないとも言える」

Message

さかしたへのメッセージ Kelly「私の作品をドミコの世界に連れて行ってくれてありがとう。ドミコのサウンドはとても個性的でたのしくて、あなたたちが新しく創りだすものが待ちきれない。いつか演奏するところをみてみたい。幸運を祈ります! ありがとう。」 Kellyへのメッセージ さかした「ケリーの絵がドミコの音と一緒に作品として広がってくのが今も、これからもすごいことだともう素敵だし。会ったこともない人とこうして繋がれてることがうれしい」 ドミコ / まどろまない~Live at Fever 2017.02.04~

<ドミコ プロフィール>

2011年結成。さかしたひかる(Vo/Gt)と長谷川啓太(Dr)の2人からなる独自性、独創性で他とは一線を画す存在である。 バンドの音楽性はガレージ、ローファイ、サイケ等多面的。2人だけで織りなす常習性の高いライブで活動の幅を広げる。 この夏FUJI ROCK FESTIVAL’17苗場食堂に初出演。10月18日には2nd フル・アルバム『hey hey,my my?』をリリース後、 全国ワンマン・ツアー開催予定。 オフィシャルサイト Twitter

<Kelly Bastow プロフィール>

いわゆるコミックからトラディショナルまで幅広い作風をこなすカナダ、ニューファンドランド出身のイラストレーター。 最近は活動の幅を広げるべくトロントに移住。自分自身を愛して解放してあげることや、豊かな人生の1コマをテーマに作品を発表している。   オフィシャルサイト Twitter

RELEASE INFORMATION

hey hey,my my?

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EVENT INFORMATION

ドミコ「hey hey,my my?」 Release Tour

2017.10.29(日) OPEN 17:30/START 18:00 北浦和KYARA 2017.12.3(日) OPEN 17:30/START 18:00 仙台enn 3rd 2017.12.08(金) OPEN 18:30/START 19:00 福岡 graf 2017.12.09(土) OPEN 18:00/START 18:30 広島スマトラタイガー 2017.12.10(日) OPEN 17:30/START 18:00 名古屋CLUB ROCK'N'ROLL 2017.12.15(金) OPEN 18:30/START 19:00 札幌ベッシーホール 2017.12.22(金) OPEN 18:30/START 19:00 心斎橋Pangea  2017.12.24(日) OPEN 17:30/START 18:00 新代田FEVER 前売 スタンディング ¥2,500(tax in) Total Info. エイティーフィールド 03-5712-5227(平日13:00〜18:00)
詳細はこちら

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【インタビュー】ウィ・バンジョー・スリー、現代音楽シーンにおいて再評価されるアイルランド音楽の牽引者

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ウィ・バンジョー・スリー
あなたは「ケルトグラス」という言葉を知っているだろうか? それはアイルランドをはじめとするケルト地域の伝統音楽と、アメリカ南部のブルーグラスを掛け合わせた、ルーツ・ミュージックの新しい潮流である。そのケルトグラスの未来を背負って立つアイルランドの4人組こそが彼ら、ウィ・バンジョー・スリー(We Banjo 3)だ。 彼らは、「バンジョーの魔術師」とも謳われるエンダ・スカヒルを中心に、彼の教え子でもあったマーティンとデイヴィッドのハウリー兄弟の3人で2012年に結成され、今はエンダの弟ファーガル・スカヒルが加わり4人で活動している。 それぞれがバンジョーやフィドルのアイルランド・チャンピオンである彼らの音楽は、超絶技巧かつ超弩級のバンジョー・エンターテイメントだ。その圧倒的なステージ・パフォーマンスは世界各地で話題を呼び、昨年にはアイルランド代表としてオバマ前アメリカ大統領の前でパフォーマンスを披露し、目下の最新作である3rdアルバム『ストリング・セオリー』はUSビルボード・チャートのワールド部門で一位に輝いている。 名実ともにアイルランドの伝統音楽シーンを牽引し、ケルトグラスの潮流を世界に広める旗手と言えるだろう。 東京・大阪での公演と<LIVE MAGIC! 2017>出演のため、2015年以来二度目となる来日を果たした彼らに話を聞くことができた。同席したのは、エンダ・スカヒルとマーティン&デイヴィッド・ハウリーのオリジナル・メンバー3人。 若い人を中心に、日本人には馴染みが薄いであろうアイルランド音楽やバンジョーの歴史や魅力について、エンダはまるで先生のように分かりやすく明快に、マーティンとデイヴィッドは若者らしいカジュアルな語り口で答えてくれた。

Interview:ウィ・バンジョー・スリー

ウィ・バンジョー・スリー ——まず、アイルランド音楽やバンジョーという楽器について、あまり馴染みのない我々日本人に教えてもらえればと思います。そもそも今のアイルランドで、トラディショナルなアイルランド音楽はどのような状況にあるのでしょうか? デイヴィッド 今また流行りつつあるところなんだ。現代的な方法で、アイルランド音楽が変わり、進化している真っただ中にある。今までも、それぞれの世代のアイリッシュ・ミュージシャンが時間をかけて、新しいタイプの音楽を最先端に取り入れながら発展してきた。そして今、アイルランド音楽はただの伝統音楽じゃなく、再びアイルランドのフォーク・ミュージックになろうとしているんだよ。 エンダ アイルランド音楽は1960年代までは不人気だった。でも、60年代以降、フォーク・リヴァイヴァルが起こったことによって、70年代・80年代にザ・チーフタンズやダブリナーズといったバンドがより広い意味でポピュラーになっていったんだ。それ以外のもっとトラディショナルなものも、小さいレベルで見ると完全に廃れたわけではないよ。パブに行くと演奏されていたりね。 ——アイルランド国外や、他の音楽シーンにも人気が出てきている? エンダ 最近は多くのミュージシャンやバンドにとって、アイルランド音楽がクールなものになりつつあるんだ。例えば、エド・シーランが今年出したアルバム『÷』の中に、“ゴールウェイ・ガール”という曲があるんだけど、ゴールウェイというのは僕らの出身地の地名なんだよ。その曲で、彼はビオーガというアイルランドのトラッド・バンドと一緒に曲を作って演奏している。そういう例もあって、若い世代にとってアイルランド音楽がクールに思われるようになっているんだ。また、アメリカでもアイルランド音楽がファッショナブルになってきていて、それには僕たちウィ・バンジョー・スリーも少なからず貢献していると思う。 ——あなた達の音楽はバンジョーをベースにしていますが、バンジョーという楽器の魅力はどこにあると思いますか? デイヴィッド バンジョーはとてもハッピーな音のする楽器なんだ。でも、ルーツ楽器だから、自然な響きがする。フォーク・ミュージックというのは魂で感じる音楽だから、多くの人にとってアクセスしやすいサウンドになっていて、考えなくても、ただ感じるだけでいいんだよ。あとはリズムがあることだね。バンジョーはメロディとリズムをブレンドさせることのできる楽器だと思う。 エンダ 歴史的には、バンジョーは17世紀にアメリカで生まれた楽器なんだよ。アフリカから強制的に連れて来られた奴隷たちが、音楽を演奏することで生きているって感じて、本当に辛い生活の中を生き抜いてきたという歴史がある。だから、僕はバンジョーを演奏するたびに心を震わせるようなスピリットを感じるんだ。デイヴィッドがハッピーなサウンドと言ったけど、そのハッピーな音の奥にはそういった痛みがあって、それはどの世代にも届くものだと思うんだ。 ——ハッピーな音の裏に苦難の歴史があって、それが奥深さに繋がっているんですね。 エンダ アイルランド音楽にも同じような側面がある。アイルランドも800年に渡ってほかの国に植民地化されてきたという歴史があって、その中で音楽やダンスが大事な役割を担ってきた。アイルランドの音楽やダンスはとてもハッピーだけど、それは痛みを背負いながら生きていくための救いにもなっていたんだ。そういう意味で、バンジョーとアイルランド音楽はとてもリンクしているんだよ。 ウィ・バンジョー・スリー

2017.10.16 渋谷クラブクアトロ 写真協力:プランクトン

——ただバンジョーは、フィドルやイーリアン・パイプといった楽器と比べると、アイルランドの音楽に使用する楽器というイメージは薄いですよね。 マーティン バンジョーには二種類あって、僕たちが使っているのは四弦のバンジョー。アメリカのブルーグラスで使われるのは五弦なんだよ。四弦のバンジョーがアイルランド音楽に使われるようになったのは、たぶんここ50年ほどのことだと思う。 エンダ アイルランド音楽でバンジョーを初めて使ったのは、ダブリナーズのバーニー・マッケンナなんだ。最初にアイルランド音楽が録音物になったのは、100年ほど前のことで、場所はアメリカだった。バンジョーはアフリカから来た楽器だけど、五弦バンジョーの5つ目の弦を付け加えたのは、実はアイルランド人なんだよ。それからバンジョーはブルーグラス、オールドタイム・ミュージック、ミンストレル・ミュージックと、色々な音楽に発展して影響を与えていった。アイルランドでは、70年代から80年代に人気が出て、今では四弦バンジョーは本当にポピュラーな楽器になっている。 ——バンジョーという楽器のアメリカにおける発展にも、アイルランドが深く関わっていたと。そうしてアメリカで生まれたバンジョーという楽器に、現代のアイルランド人であるあなた方が強く惹かれたのも運命的な話ですね。エンダがウィ・バンジョー・スリーの結成を思い付いたきっかけはブルーグラスとの出会いだそうですが、アイルランド音楽にはないブルーグラスの魅力というのは、どういう点でしたか? エンダ 最初に感じたのは、全く違うスタイルのバンジョーの使い方だったという点だね。バンジョーは本来ハッピーでアップビートなサウンドだけど、ブルーグラスにはブルージーな響きもある。ブロック・マクガイア・バンドの一員として、ツアーでアメリカを回っていた時に構想を思い付いたんだけど、そのツアーでアイルランド音楽をプレイしながらも、アイルランド音楽とブルーグラスとミックスすれば面白いものが出来るんじゃないかって感じていた。それで、伝統的なアイルランド音楽に加えてブルーグラスの奏法も取り入れた、バンジョーをベースにしたグループの結成を決意したんだ。 ——アイルランドをはじめとするケルト音楽とアメリカのブルーグラスをミックスさせた音楽ということで、あなた方のような音楽は「ケルトグラス」と呼ばれていますね。 デイヴィッド その呼び名はとても良いと思う。僕たちは、ただブルーグラスをやっているアイルランドのバンドという風には思われたくないし、そうなりたくもなかった。もっと違う何かに挑戦したいんだ。僕自身、単なるアイルランド音楽のギター・プレイヤーだとは思っていないし、僕らにはそれぞれに違う影響があって、それが一人ひとりの音楽的スタイルを形作っている。ブルーグラスとアイルランド音楽、その他にもいろいろなものが加わった音楽、それがケルトグラスなんだよ。 ——ケルトグラスという新しい動きは、あなた達以外のミュージシャンにも広がってきているのですか? マーティン トランスアトランティック・セッションズというミュージシャンの集まりがあるんだ。ジェリー・ダグラス、サム・ブッシュ、ティム・オブライエンといったブルーグラスのミュージシャンと、アイリッシュ・トラッド・バンドのルナサのメンバーやアイルランドのシンガー、ポール・ブレイディ等が一緒になって立ち上げたプロジェクトで、もう長いこと活動している。そこではアメリカのブルーグラスと、スコットランドやアイルランドのケルト音楽が一緒になっていて、アメリカの曲とイーリアン・パイプの演奏を合わせたりしているんだ。 ——昨年はウィ・バンジョー・スリーにとって飛躍の年でもあったと思います。まず、アメリカではオバマ前大統領の前で演奏する機会があったそうですが、その話はどういう経緯で実現したのですか? エンダ 毎年3月に、「フレンズ・オブ・アイルランド」という名前の昼食会が開かれているんだ。ロナルド・レーガンの時代に南北アイルランドの友好のために始まった、ワシントンでは最も大きいアイルランドに関するイベントで、毎年アイルランドのバンドが演奏に呼ばれていてね。昨年、僕たちがアメリカ・ツアーの最中で、アイルランドの外務省からメールをもらって、その日はちょうど空いていたからお呼ばれしたんだ。とても光栄なことで、とてもエキサイティングだったよ。大統領に副大統領、その他にも大物の政治家がたくさんいて。バラク・オバマはバンジョーが好きで、演奏してみたいって言ってくれて、マーティンがレッスンしますって持ちかけたんだけど、当時はやっぱり忙しくて実現しなかった。 マーティン 今なら退職したから時間あるかもね。バンジョーではゴルフは出来ないから、たぶんドナルド・トランプはバンジョー好きじゃないだろうな(笑) ——また、昨年リリースした『ストリング・セオリー』は、ビルボード・チャートのワールド部門で1位にも輝きました。 エンダ とても光栄に感じているよ。だって、僕たちは自分達でマネジメントも行っていて、レーベルにも所属していないんだから。一位になれたのは、純粋にアメリカのファンがアルバムを買ってくれたおかげなんだ。そういったサポートは本当に特別だし、アイルランドのインディペンデント・バンドがビルボードの一位になったのは僕たちが初めてだからね。 ——あなた方のこれまでのアルバムは、どれも歌い継がれている楽曲のカバーとオリジナルが混ざり合った構成になっています。伝統と革新が融合するバランスもウィ・バンジョー・スリーの素晴らしい魅力ですね。 エンダ 数百年続いているバンジョー音楽の可能性をモダンなコンテクストで探求するのが、そもそもバンドを始めた起源なんだ。それからバンドも進歩してきて、これまでに4枚のアルバムを作ってきたわけだけど、次のアルバムはもっとオリジナルが多くなると思う。ケルトグラスのクリエイターとして認識されるようになって、その役割を全うするためには新しいものを生み出していかなくてはいけない。それが自分達の使命だとも思ってるんだよ。 ——新しいもの、と言う点で、アイルランド音楽やブルーグラス以外に聴いている音楽はありますか? デイヴィッド 僕はアイスランドのアウスゲイルをよく聴いてるよ。ああいうエレクトロニック・サウンドとアコースティックの融合したような音楽も好きなんだ。 マーティン 夏にたくさん音楽フェスに呼んでもらえて、とてもラッキーだったよ。そこで今まで見たことのないバンドのライブを見ると、それぞれの音楽的なストーリーを感じられるんだ。イースト・ポインターズっていうカナダのバンドがいるんだけど、彼らのライヴは本当に素晴らしかった。とてもオーセンティックで、ソウルフルで。 エンダ 僕も幅広い音楽を聴いているんだけど、今はブルース・ギターが好きだね。あと、僕はピンク・フロイドの大ファン。とても小さいサウンドからスタートして、大きく発展させていく彼らのスタイルが好きなんだ。それと、僕には7歳の息子がいるから、その子が好きなポップ・ミュージックも自然と耳に入ってくる。ファレル・ウィリアムスの“ハッピー”とかね。でも、彼はブルーグラスも好きで、ダストボウル・リヴァイヴァルがお気に入りだったりもするんだ。 ——2015年には初来日しましたが、その時に日本人アーティストとの交流はありましたか? マーティン 前回日本に来たときに、日本のアーティストともコラボレーションしたんだ。上間綾乃と沖縄の音楽を一緒にプレイして、とても美しいと思ったよ。三味線奏者の上妻宏光とも共演して、教えてもらったりもした。将来的には日本のアーティストともコラボして、音楽をブレンドしてみたいと思ってる。 ——ウィ・バンジョー・スリーと言えば、やはりライブ・パフォーマンスが凄いことで有名ですが、自分達のライブの魅力はどこにあると思いますか? マーティン アイルランド音楽とブルーグラスをミックスするプロセスは、とても有機的なものなんだけど、僕たちはそれをテクニックだけに依存しないエンターテイメント・ショーにしようと心掛けている。僕たちはよく、エゴについて話すんだ。ミュージシャンとしてのエゴは、エンターテイメントを目指すのなら扉の中に置いておくべきだというような事をね。テクニックを見せつけ過ぎるんじゃなくて、必要な時に必要なテクスチャーとしてテクニックを使うようにしている。 デイヴィッド 僕たちのライブのコンセプトは、見に来ている人に向けてただ演奏するんじゃなく、彼らもショーの一部になってもらうってことなんだ。だから、バンドと観客との繋がりに何よりもフォーカスしている。ただお客さんに演奏しているんじゃなくて、彼らに話しかけるようなパフォーマンスにしたいんだ。この夏のツアーは、「ライト・イン・ザ・ウエスタン・スカイ」というタイトルだったんだけど、それは自殺とメンタル・ヘルスに関する問題に着想を得たもので、音楽で前向きになって欲しいという思いが込められている。実際に、ツアーTシャツ1枚につき2ドルがメンタル・ヘルスに関するチャリティに寄付されるようにしているんだよ。 ——最後に、バンドとして次の目標を教えてください。 デイヴィッド 今書いている新曲は、本当にケルトグラスを代表するような曲になっていると思う。楽しい部分もありつつ、良いメッセージもあるというような。 エンダ それで、次に狙うのはグラミー賞だね! We Banjo 3 - Pressed for Time @ Gate to Southwell Festival 2015, Marquee 1
ウィ・バンジョー・スリー ウィ・バンジョー・スリー ウィ・バンジョー・スリー

2017.10.16 渋谷クラブクアトロ 写真協力:プランクトン

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ストリング・セオリー

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ウィ・バンジョー・スリー来日公演2017

2017.10.18(水) OPEN 18:00/START 19:00 梅田クラブクアトロ ADV ¥5,800/DOOR ¥6,300 全自由・整理番号順入場 (ドリンク別,当日入場口にてドリンク代500円いただきます) ※CDセット券の取扱いは終了しました。 2017.10.20(金) OPEN 18:30/START 19:00 山形・文翔館議場ホール 自由席:一般 ¥3,100/高校生以下 ¥1500 臨時託児所は要予約 2017.10.21(土) START 16:00 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット S席 ¥4500/A席 ¥4000 未修学児は入場できません 詳細はこちら

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Peter Barakan’s LIVE MAGIC!

2017.10.21(土) OPEN 12:00/END 21:30予定 2017.10.22(日) OPEN 12:00/END 20:00予定 ※We Banjo 3は10月22日(日)に出演。 「LIVE MAGIC! セッション・パーティー feat. We Banjo 3」 ※時間は10月上旬に公式HPで発表 恵比寿ガーデンプレイス ザ・ガーデンホール/ザ・ガーデンルーム 詳細はこちら

text & interview by 青山晃大

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夢、葛藤、成り上がり——。辿り着いた銀座と高岩遼とジャズ

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高岩遼
東京、銀座。ハイブランドのショップがひしめき合うこの街に、人々から羨望の眼差しを向けられているダイニングバーがある。 その名は「GINZA ROOTS TOKYO」。銀座2丁目の一等地、ビルの7階にあるこの店は、ハイソサエティな雰囲気が漂い、銀座、そしてジャズを愛する“通”の人々が連日訪れる。そんな憧れの店に、若き一人のジャズボーカリストが訪れた。 高岩遼、27歳。2013年に同じ大学のメンバーによるジャズとロックを融合させた「ザ・スロットル」を結成。同年に、ジャズ×ヒップホップグループ「SANABAGUN.」、2015年には「SWINGERZ」という総勢13人のクリエイター集団を立ち上げるなど、今、ミュージックシーンで熱き注目を浴びる男だ。 そんな彼のルーツはここ銀座にもある。かつてこの地で、ジャズボーカリストとして修行した過去を持つという。再び銀座に舞い戻ったその胸中はいかに? 憧れのGINZA ROOTS TOKYOで、オーナーの橋本武士さんと銀座、そしてジャズ談義に花を咲かせた。

僕の“東京感”が、このGINZA ROOTS TOKYOにはある

高岩遼 GINZA ROOTS TOKYOは、ニューヨークにある高級ブティックホテル「グラマシー パーク ホテル」のラウンジをイメージし、広々とした店内は、バーカウンター・ダイニング・ソファラウンジ・VIPルームによって構成されている。ここでは高級感あふれるテーブルや椅子、ソファで艶やかなムードに浸りながら、お酒はもちろん、カジュアルなイタリアンをコースで味わえる。 また同店は、DJブースに大型液晶モニター、プロジェクターなどを完備し、極上の音楽を楽しむことができるのも特徴だ。 高岩遼高岩遼高岩遼高岩遼 到着した遼さん。ビシッと決まったスーツ、そしてインナーのレッドがこの店のカラーとバッチリ合っている。 高岩遼(以下、高岩)「このスーツ、銀座でジャズボーカリストとして修行していたときに着てたものなんですよ。今日のためにクローゼットから引っ張り出しました」 高岩遼 高岩「出身は岩手県の宮古市、超田舎っぺです。ジャズの音大に行くために地元を出て、当時は川越に住んでました。銀座で働いていた店は、資生堂の本社の前ぐらいにありましたね」 と振り返る。改めて今回、GINZA ROOTS TOKYOをチョイスした理由を伺うと……。 高岩「まずジャズを歌い始めた頃、店に来た偉いおじちゃんとかに、『おまえあの店行ったことないの?』って言われることがけっこうあって。『俺、ROOTS行ってきたんだよ』っていう感じが、すごいイケてたんですよ。18歳で東京へ出てきて、そこから20代前半の僕の “東京感”が、このGINZA ROOTS TOKYOにはある。当時行きたくても『まだタイミングじゃないのかな…』とか考えたりしてました。だけどようやく……今回話をもらって来れた、来たよ! って感じです」 高岩遼 そんな憧れの店を、一代で築き上げたのがオーナーの橋本武士さん。 橋本武士(以下、橋本)「僕は福岡出身で、東京の人からは『よくこんな一等地に広いお店持ってるね』『あなたは雇われ社長で、バックに誰かいるんでしょ?』とよく言われましたね。 高岩遼 華々しい“銀座ドリーム”を成し遂げた橋本さん。お店を始めたキッカケとは? 橋本「この店は9年目なのですが、東京に来て最初は西麻布で店をやっていました。それこそ上京してすぐ、『東京ってこんな街なのか……』と洗礼を受けましたね。ただ銀座は、福岡に似ているところがあるんですよ。それは“来るもの拒まず”的なところ。ティファニーもブルガリもあれば、松屋も吉野家もやまちゃんラーメンもある。結果的に銀座が僕には合っていたのだと思います」 高岩遼 また、夢を叶える場所として銀座を選んだのには、ある歌の存在があったという。 橋本「吉幾三さんの『俺ら東京さ行ぐだ』の中で、《銀座に山買うだ》ってあるじゃないですか。やっぱ田舎者にとって、東京での最終目的地は銀座っていうのがあったんでしょうね。西麻布の後、最初は銀座なんて全く頭の中に無かったんですが、ある方の助言で一度見に行ってみるかとなって。物件屋さんにいくつか紹介してもらったんですけど、良いのが見つからなかったんですよ。諦めて嫁さんと寿司でも食って帰ろうかな……って通ったのがたまたまこの店の前。テナント募集が貼ってあって電話したら、トントン拍子で話が進みました」

高岩遼が銀座、そしてジャズを語る。「銀座で思い浮かぶプレイリスト」をチェック!

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interview & text by ラスカル(NaNo.works) photo by 大石隼土

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【インタビュー】delofamilia最新作を通し見えてくるORANGE RANGE・NAOTOの音楽的本質

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delofamilia
潜在的音楽意識集か? はたまたカルマか? 今後の活動指針と本質が浮かび上がったdelofamiliaのニューアルバム。 拭っても拭いきれないもの……。気づいたら滲み出ていたもの……。そんな自身の潜在的音楽意識、いや、カルマとでも称すべきか……。 今年活動開始から10年を迎えた、NAOTO(ORANGE RANGEリーダー/ギター)とシンガーソングライターRie fuを中心としたバンド、delofamilia(デロファミリア)。彼らのニューアルバム『filament/fuse』は、そんなパーソナルで私信の凝り(こごり)のような感受を私に与えた。 作品や時期毎に自身のブームやフェイバリットを惜しみなく作品に投影してきた彼ら。通算6枚目の今作では、まるでブリストル発信のような作風が印象深い。トリップホップやアブストラクトヒップホップ、MO‘WAXを彷彿とさせるダビーでダーク、無機質なんだけど何か蠢いているかのようなNAOTOの作り出すトラック。 そこに、あえて生命力のある有機的なRie fuの歌声や声が乗り、その両極の融合ならではの新しい景色を曲毎に眼前に広げてくれる、このニューアルバム。 今作の制作を経て、改めて自身の本質に気づかされ、が故に「今後はそれを指針に突き進めていくであろう」とNAOTOに言わしめた、今作は彼らのバックボーンを悟ると共に今後の進むべく道を明るく照らし出すものとなっている。そんなNAOTOが今作を通し、delofamiliaの過去、現在、そして今後を語る。

Interview:NAOTO(delofamilia)

「今作は全て日本とUKとでファイル交換で作られていった」

——今年でdelofamiliaは活動開始から10年を迎えますが、スタート時はNAOTOさんの本質的な音楽面でのアウトプットもですが、その活動がORANGE RANGEへの還元を前提に開始させた感がありました。それらもあり、失礼な話、当初はこの活動が、ここまで長く続くとは想像してもいませんでした(笑)。 僕自身そうですから(笑)。10年前の活動開始の際は、それこそ作品1枚切りでの活動予定だったんです。 ——やはり(笑)。それをここまで続けた要因は何だったんですか? 始めたらことのほかそれが楽しくなったんです。形態も当初は、その都度その都度、ボーカリストを変えていく想定だったし。マイペースに作品毎で「次はこのシンガー」「次はこのシンガー」とフレキシブルに変えていこうと思っていたんです。 ——結果、2枚目以降はRie fuさんがパーマネントなボーカリストに落ち着きましたが。 Rie fuも当初は2枚目のみの参加予定だったんです。だけど一緒に作ってたら、このユニットでの可能性がグワッと広がっていって。そこから、「この人と一緒にやれば、より面白いことが色々と出来るかも……」と。で、気づいたら一緒にここまで来てました。 ——Rie fuさんが加入後の掛け算の比重も段々と増えていきましたよね。ただ歌ってもらうだけでなく、彼女なりのアイデアやアイデンティティが加わることでの相乗効果の比率が作品毎にどんどんアップしていった印象があります。 まさにその通りです! これまでは自分の構築した曲を直接アウトプットだけしていたものが、Rie fuとやることで、その曲を一度二人でこねくり回し1曲を作り出していくので、自分にとっても凄く新鮮で。おかげさまで、Rie fuと組んでからは、「あれ、入り口は確かにここで、あそこを目指していたのに、気づいたら違った出口にでちゃったよ」。なんていい意味での意外性や予想外の景色を楽しめるようになりましたから。元々彼女のシンガーソングライター的な才能や存在、センスが好きで手伝ってもらったんですが、指摘されることやアドバイスも的確だし。かと思えば奇抜でとんでもない意見や注文をしてきたり。そのバランス感も気に入ってます。 ——自身完結型だと着地点を想定して作る関係上、想像以上のものは生まれにくいですもんね。イニシアティブとしては、2nd以降はどんな感じに移っていったんですか? 4枚目ぐらいまでの主導は僕でした。しかし、徐々にイーブンに移ってきて。近々完全にイーブンになっていくんじゃないかな。 ——そう考えると今作は非常に双方イーブンに近いんじゃないですか。NAOTOさんのバックボーンや好きな音楽によるバックトラックに、Rie fuさんが自分なりに思いついたり、浮かんだものを自由に乗せて、そこで完成していく。いわゆる各々セパレートしたものが合わさった感が凄くしました。 その辺りは作風に出ているとは自分でも思います。実は今回、制作段階で一度も実際に顔を合わせていないんです。全て日本とUK(Rie fuはUK在住)でのメールでのファイルのやり取りだけで作っていって。お互い12時間の時差で音や歌のキャッチボールをして作っていったんです。

「どんなトラックでもRie fuが歌えば大丈夫。そんな自信や安心感があった」

——ライブやツアーを経て作られたこともあり、もっと融合感や一緒感、それからバンド感や躍動感がある作風予想でした。結果、凄くバックトラックとボーカル的な楽曲や、無機質さと有機的なものといった相反するものの融合が垣間見られる楽曲が多かったのが意外でした。 ビジョン的には、打ち込み感とバンド感を同等にしたかったんです。1stはガチガチの打ち込みで、あえてポップ感を出していく挑戦だったのが、2~3枚目はバンドサウンド、4~5枚目から打ち込みの要素が増え始めて。で、今作では、それこそアブストラクト感やちょっとダウナーさを出してみるのも面白いんじゃないかなと。なので、一度バンドサウンドっぽく作った曲も途中、打ち込みを交えたくなって差し替えたものもあります。 ——ドラムも本来なら生で入れるところを、あえて808感(ローランドの80年代リズムマシーンの名機DR-808の音色のこと。ドライで張った感のあるスネアの音が特徴的)を出したりしていますもんね。 毎回そうなんですが、その時の気持ちが作品に現われちゃうんです。今回だったらちょっと室内感や密室感、オープンではない感じが自分のモードで。それこそ808のマシーンだけのグルーヴ感、粗削りでいびつなところをもってきて、そのまま出して、武骨だったら武骨なままで、あえて制御させずに入れたかったんです。素材感を大事にしたかったと言うか……。 ——確かにドラムマシーンのビートなのにダンサブルさを排除しています。 「電子音楽なんだけど、それをダンス的なものだけに使わない。」、そんなこだわりが制作中もありました。それもありリズムマシーンを起用したにも関わらず踊る要素を極力排除させたんです。ビートの組み方もあえてダンスミュージック仕様にしてないし。基本、聴き手のイマジネーションに委ねたいですから。 ——凄く90年代中盤のブリストル系の雰囲気を感じました。アブストラクトやトリップホップといった。 それが自分の中で最近の静かなブームでもあったんです。ブリストル系に関しては、高校の頃から大好きでよく聴いていたんで、染みついてるんでしょう。未だに聴き返しますもん。その度に当時は気づかなかった発見も色々と出てくるのも面白くて。 ——非常にあの頃のどんより感が、現在ならではの手法も交えて表現されている部分にも耳が惹かれました。 作るとどうしてもあのどんよりとした空の感じになっちゃう(笑)。むかし受けた衝撃が未だに残ってるんでしょうね。でも、どんなトラックを作っても、Rie fuが歌えば大丈夫。彼女なら上手く乗りこなせる。そんな自信や安心感はありました。 ——トラックの無機質な感じにあえて合わせず、逆に有機的に彼女が歌った印象が今作にあります。 歌は何パターンも考えてくれました。なのでハマらずにボツになった曲も沢山あって。基本、収まりが良かったり、すんなり聴けるものは採用しませんでしたね。どこか違和感やいびつなもの、耳に引っかかるものがないものは、あえて外しました。なので同じ楽曲でも、上手かったりキチンと出来たテイクよりも、多少未完成だったり、ズレていたり、ヨレてても雰囲気の良いものを選んだんです。 ——Rie fuさんも割とハッキリとものを申すタイプですが、その辺りのお互いの協調性は大丈夫でしたか? 基本、彼女は何でもトライしてくれました。とは言え自分をしっかりと持っている方なので、これは融合しても合わないと感じたり、タイプ的に歌いたくないものは、きっぱりと断ったり、意見をくれたり、アドバイスをくれたりしましたね。まぁ、多少のメール越しのバトルはありましたが(笑)。やはり彼女は外国人気質があり、「イエス」「ノー」がはっきりしているので、逆に潔く作業を進められました。 ——作品全体のトーンはけっこう統一していながらも、その中での曲のタイプのバラエティさやバランスも面白かったです。 大好きなテイストだけあって、どの曲も似ちゃう傾向はあるみたいです。自分では気づかないんですが。Rie fuからも言われましたもん。「あれ、この曲、あの曲と関係があるの? 近しいけど。」って(笑)。自然と出ちゃったり、拭っても拭い切れないところはあるんでしょう。

「気づいたら出てきたのは自分の身に染みついたものばかりだった」

——今作には、People In The Boxの波多野さん(Vo.&G.)もポエトリーリーディング等で参加しています。 僕が大好きでオファーしました。ORANGE RANGEで一度共演したことがあるんですが、そこで初めて観て衝撃を受けたんです。日本にもこんなアヴァンギャルドなバンドが居たんだ!? って。そこで声をかけたのが出会いでした。delofamiliaとも2マンをやったことがあるし。彼らの都内でのライブは可能な限り観にいってるくらい大好きなバンドなんです。 ——収録に際して彼には何かリクエストを? 「波多野さんを存分に出して下さい」とだけお願いしました。それで返ってきたのがあのポエトリーリーディングで。いつか僕が「波多野さんのポエトリーリーディングが好きだ!」と伝えたことを覚えてくれていたんでしょう。でも、これも実はファイル交換で作ったんです。なのでレコーディングの作業では一度も顔を合わせてないんです。プライベートではしょっちゅう顔を合わせているのに(笑)。 ——基本、ファイル交換で完成させてるじゃないですか。距離感や好きな時に出来る、あと時短以外に、そのメリットって何でしょう? 私からするとやはり会って一緒に作った方が、より良い作品作りに繋がりそうなイメージですが? Rie fuとはずっとそれ(ファイル交換での制作)ですからね。お互い東京に居る時も、楽曲作りに関しては会わないという(笑)。ファイル交換の方が音での対話があるので、より分かりやすいし、変な感情が介在することがないんです。メールの方が言葉がダイレクトだったりするし。 ——顔を見ると流されて、言いたいことも言えなくなる場合もあり、妥協に繋がる懸念もありますもんね。 なので、お互いファイル交換の方がすっきりしているし、精神衛生上もいいと思いますよ。ただ、文字なので、ニュアンスが伝わりきらなかったり、必要以上に言葉がキツく感じられることもありますが。 ——NAOTOさん的に今作を創り上げたことで見えたものってありましたか? 自分のバックボーンや好きなものってやっぱり変わらないんだなってところかな。自分の拭いきれないものや、つい癖としてでちゃうもの、カラーやいつも近いことをしている自分に改めて気づくことが出来ました。前作から3年のインターバルがあったんで、自分でも何かしらの新しいアウトプットがあるだろうと制作に入ったんですが、あまり新しいものは出てこなくて。出てくるのは自分の身に染みついたものばかりだったんです。 人間、本質はあまり変わらないことに改めて気づかされました。だったら、これからはこれを推し進めて行こう。そう強く決意させてくれたアルバムになったかなって。言い換えると、今後も自分の中から自然に出てくるもの、拭っても拭い切れないものや滲み出てくるものを大切にし、それを作品としてより出して行こうと改めて思わせてくれた1枚になりました。 ——まさにタイトルのfilamentやfuse感じゃないですか。 それもあり今回、このタイトルにしたんです。Rie fuにもそれは伝えました。「やはり人間、芯みたいなものはあるし、残っていくものだから。」と。それを意識してくれての今回のメインビジュアルを含んだアートワーク(作:Rie fu)だとも思うんです。 ——ORANGE RANGEの新作も同日発売ですが。 同じ人間が制作しているとは思えないほど、こっちはこっち、あっちはあっちで全く世界観の違った作品になってます。どちらも振り切ってるし、こっちがやれているからこそ、ORANGE RANGEでも違った筋肉を存分に使えるところもあります。自分的にも双方の活動が面白いですからね。 ——最後に『filament/fuse』の話に戻ると。このアルバムの曲順も大きな流れを感じられて、一つの大きなサイクルを想起させてくれます。 今の時代、難しいことかもしれませんが、やはり1曲目から10曲目までを通してキチンと、可能であればヘッドホンではなくステレオで空気を通して聴いてもらいたいです。特に曲順はこの作品の大きなファクターでもあるし。それこそ1枚で1曲って言いたいぐらい、一つの大きな長い物語と思っているので、その辺りも楽しんで欲しいです。インストも入れているんですが、僕的には、そこじゃないと意味を成さなかったりするので。あと、ローやミッドもかなり前面に出しているので、聴くのはもちろん、是非体感したり、浴びたり、揺蕩いながら楽しんで欲しいです。

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filament/fuse

delofamilia 2017.11.01(水) delofamilia VICL-64867 ¥2,800(+tax) [amazonjs asin="B0755GJ274" locale="JP" title="filament/fuse"] iTunes 詳細はこちら

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7inch Single「delight/balance」

delofamilia delofamilia HR7S073 ¥1,700(+tax) SIDE A:delight SIDE B:balance ~love and hate~ (10th Anniversary ver.) 11.22(水)よりHMV record shop(渋谷/新宿ALTA/コピス吉祥寺) 「ORANGE RANGE LIVE TOUR 017-018〜UNITY〜」ツアー会場にて先行販売スタート 11.29(水)一般販売 詳細はこちら

text and interview by池田スカオ和宏

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【インタビュー】オノ・ヨーコを超える快挙も。BIGYUKI ロバート・グラスパー、Qティップから賞賛される男の見る世界

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BIGYUKI
ニューヨークを拠点に活動し、昨年ア・トライブ・コールド・クエストの『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス』とJ・コールの『4・ユア・アイズ・オンリー』という、2枚の全米チャート一位獲得アルバムに参加。全米一位作品に参加した日本人としてはオノ・ヨーコ以来、2作品となると史上初となる快挙を成し遂げた日本人ピアニスト/キーボード奏者がBIGYUKIである。 ロバート・グラスパーやベン・ウィリアムスといったジャズ界の若手リーディング・パーソンから、Qティップ、ビラル等のヒップホップ/R&B界隈まで、ジャンルを問わず、彼の才能はこれまでにも数えきれないほどのアーティストに賞賛されてきた。 そして、この度、満を持して彼が作り上げたソロ・アルバム『リーチング・フォー・ケイローン』は、サイド・ミュージシャンとしてではなく、アーティストとしての才能を全面的に開花させた渾身の一枚だ。ジャズ・シーンを出自としながらも、その音楽性はヒップホップやR&B、エレクトロニック・ミュージックを縦横無尽に吸収して飛躍的に先鋭化。昨今、アメリカではジャズとヒップホップのシーンが混じり合う新たな動きが生まれ、大きな潮流を形作っているが、本作のリリースによって、BIGYUKIはその一角を担う重要アーティストとしてのポジションを確かなものにするだろう。 9月末、一時的な帰郷のため日本を訪れたBIGYUKI本人に話を聞いた。 BIGYUKI Boiler Room New York Live Set

Interview:BIG YUKI

──今回のアルバム『リーチング・フォー・ケイローン』は、2016年6月にリリースした『グリーク・ファイア』と比べてもはるかにジャンルレスで、もはやジャズという枠組を完全に超えた作品になっていますね。 もちろん、ニューヨークで活躍するジャズ・ピアニストのビッグユキっていう文脈でしか捉えられない人が多いのも理解できるけど、俺は今まで一回もジャズを意識したことがないからね。そもそもジャズって何なんだ? っていう話で。言ってしまえば、ただの名前に過ぎないわけで、やっている側からすると、その範囲内で曲を作ろうなんて思ったりはしない。人によっては今回はジャズ・アルバムを作りました、今回はヒップホップ・アルバムを作りましたっていう人もいるかもしれない。けど、そういう音楽って面白くないと思うんだよね。そういう想像の範囲内で作った音楽って、こっちも簡単に想像できちゃうレベルだと思うから。 BIGYUKI / Greek Fire 360
──そもそもジャンルに対してのこだわり自体がない、ということですか。 ジャズにしたって、それをただの音楽ジャンルとして区分けしてしまうのはつまらない考え方じゃないかな。人によってはフュージョンがジャズだったりもするし、あるいはもっと前の時代のビッグ・バンドとかモダン・ジャズをイメージする人もいて、アカデミア的な頭を使ったイメージを持つ人だっていると思う。でも、それよりも俺はジャズというのはプラットフォームだと考えてる。元々アフリカのリズムと西洋音楽がミックスされた音楽で、肉体的な音楽だったというのもあるし、いろいろな音楽とか文化が入り込める土壌自体がジャズ、という。 ──今、アメリカではジャズとヒップホップの境界線がボーダーレスになり、その界隈から面白い音楽が続々と生まれていますよね。BIGYUKIさんも、昨年末にリリースされたア・トライブ・コールド・クエストの18年振りの新作『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユアー・サービス』に参加し、日本でも話題となりました。 あの現場は、すごく面白かったよ。Qティップはプロデューサーとして本当に優れた人で、頭の中ですでに全部の音が鳴っているんだ。それをもとにして、ベース、ドラム、ピアノ、シンセと、全ての楽器をちょっとずつ弾いて、それぞれのミュージシャンに指示を出していくわけ。俺にもそのレベルで話をしてくれるから、すごくやりやすい。彼に聴こえている音は俺には聴こえていない音だけど、それを再現するっていう作業は楽しかった。 ──Qティップの頭の中にある音をベースにして、各ミュージシャンが自分の色を加えていくという作業だったんですね。 彼のアイデアをもとにしてジャム・セッションしていく中で、自分が思いついたアイデアを入れてそれがハマったりするとQティップがすごく喜んでくれるんだよ。彼は音楽を始めたばかりの頃の情熱を今でも変わらずに持ち続けているような人で、すごくピュアな人なんだ。自分のほぼ完成されたヴィジョンがさらに膨らんでいった瞬間の興奮がこちらに伝わると、俺もやっぱり嬉しいよね。そういう自由をくれたのも嬉しいし、そういった環境の中で出すアイデアのスピード感と精度が大事なんだと思った。 ──その経験を経て、新作には何か影響がありましたか? ミュージシャン仲間の輪が広がったのは良かったね。このアルバムのリード・シングルになっている“エクリプス”のミキシングは、トライブの作品にも携わっているブレア・ウェルズにやってもらった。彼と知り合ったのはトライブの現場を通じてだし、アビー・スミスっていうシンガーと知り合ったのもQティップのセッションのときだから。 ──アビー・スミスというのは、ビロング”と“イン・ア・スパイラル”の2曲でヴォーカル参加した、イェバという名義で活動中の新進気鋭の女性シンガーですね。 そのセッションの時は他にアンダーソン・パックもいて、Qティップがリリックの内容で指示したことを、2人がその場で歌にしていくっていうのを目の当たりにして、「ヤベえな!」って思ったよ。彼女はまだ20代前半ですごく若いんだけど、今度リリースされるサム・スミスの新作にも大々的にフィーチャーされていて、これから絶対にアデルを超えるような存在になっていくと思う。だから、このタイミングで彼女と一緒に曲を作れたのは良かったな。 ──彼女の類い稀な才能というのは、どの辺りに感じられましたか? 例えば役者とかでも、一つの役が得意でどの作品でも同じような演技になる人はいっぱいいるじゃん? もちろんそれがその人ならではの味でもあるんだけど、一方で演技派と言われるような人は、いろんな役をやるたびに全く表情が変わって別の人格になる。それと同じで、アビーはリリックの深い部分にまで入って表現の仕方を変えていく、幅広い表現力を持ったシンガーなんだ。歌に説得力があって、時々神がかったメロディが出てくる。それが鳥肌が立つくらいに素晴らしい。彼女はもともと教会で歌ってた子だから、彼女の中にふと降りてくるものがあるんじゃないかな。 ──ヴォーカル・メロディというのは、シンガーと一緒に作っていくのですか? 俺が持っていたある程度のイメージをもとに、彼女がその場でもっと膨らませてくれた。譜面に書いたりはしないし、そういう作業が必要なシンガーは使いたくない。こちらの指示を忠実にこなしてくれるだけなら、ただのお仕事じゃん? そういうシンガーはいくらでもいるけど、そういうのには興味ないな。

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イビチャ・オシムに会いに行く。一番弟子の阿部勇樹がサラエボの地へ。

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LINE NEWS」で、オリジナルインタビュー企画が2017年10月より公開されています。 企画の第7弾として、浦和レッズの阿部勇樹選手と元日本代表監督のオシム氏の対談インタビューが公開されました。 オシム元監督、得意のブラックジョークを垣間みることができる対談になっています。今回はその対談を一部ピックアップしました! 

【後編】恩師、イビチャ・オシムをたずねる旅

ジェフユナイテッド時代、そして日本代表選手としてオシム氏と共に戦った阿部選手が、恩師を訪ねサラエボの地へ。 ・「それで、君はいつ、監督になるんだ」 12月23日、サラエボ市内のホテル。10年ぶりの再会を懐かしむ阿部に、オシムさんはこう投げかけた。 「君もいつでも、そういうチェンジができるように、準備をしたほうがいい」 ・監督になるための「いい準備」 「毎日の練習や試合でも、今までと違う角度から同僚や相手のプレーを見るようにする。そして『自分が監督なら、今の自分に何を要求するだろうか』と想像しながら練習をすることも、監督になるためのいい準備になる。」 lineinterview_01 ・「オシムの戦術」などなかった 「きちんと次の試合の相手のことを研究して、分析して、対策を準備する。それが監督の最低限の仕事だ。その積み重ねが、戦術のように見える。当時は『オシムの戦術』などという書き方をする新聞記者もいたな。そんなもの、どこかにあったのか?」 ・いい指導者になれるタイプの主将 「いい主将だから、必ずいい監督になれると決まっているわけではない。どんなタイプの主将なのかによって、いい指導者になるかが分かれると思う。阿部は主将として、いつも味方のミスを帳消しにするプレーができていた。それが大事なんだ。」 「阿部は監督に向いていると思っている。自分がやっているプレーを、自分のチームの選手にやらせることができれば、いい監督になれる。ジェフやレッズの選手たちは、阿部がいい監督になれると確信しているはずだ。」
阿部「本当に、サラエボに行けてよかったです。また、いい報告をするためにも、がんばらないといけないですよね。遠くからですけど、見ていてくれますから」 記事全文はこちら

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【インタビュー】ミレニアル世代の社会人バンド・Group2のD.I.Y精神。社会と両立しながらバンド活動をする秘訣とは?

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Group2
広告会社/レコード会社/楽器屋/美術館とそれぞれ働く先が違うけれど、大学卒業間際に結成したバンドを働きながらも続け、精力的に活動しているバンド・Group2。1月25日(火)に公開となった最新MV『MILK』が早くも話題を呼んでいる。 Group2 - MILK Music Video
インディポップやレトロ・サイケ、シューゲイザーなどの要素が混ざった癖になるスルメ曲に合わせ、繰り広げられるシュールな映像はコミカル且つ、どこか不気味。隙のないMVや楽曲のクオリティの高さは、一目置かれる存在であるのではないのだろうか? そんな社会人バンド・Gropu2のメンバーは、ヴォーカル/シンセサイザーとして紅一点のフロントマンを担当する山口風花、Helsinki Lambda Clubのメンバーでもあるギターの熊谷太起、個人で制作をした楽曲が注目を集めるなど、多彩な活動が目を引くベースの上田真平、学生時代から自主イベントを開催し、DJ活動も精力的に行うドラム・石井優樹の4人だ。 平均年齢25歳、社会では若手と言われ働き盛りで忙しい時期だが、遠征や月に1回以上のライブ、週1回のスタジオ練習をしている彼ら。 一体どうやって仕事とバンド活動を両立しているのだろう? 最新MV『MILK』の制作過程から、Group2のD.I.Y精神と社会とバンドを両立する秘訣について探ってみた。 Group2

ちょっと不気味なMVの制作秘話から読み解く、Group2のクオリティ

——最新MV『MILK』の完成度はいかがですか? 熊谷太起(Gt) 完成度は納得しています。 石井優樹(Dr) 実は去年の夏から『MILK』のMVは作ってて、ある程度できあがってたんですけど、全部ボツにしたんです。今のMVが完成系。 ——完成間際のMVをボツにした理由はなんですか? 山口風花(Vo/Syn) 曲が頭に入ってこないぐらい、映像にしか目がいかなくて。 上田真平(Ba) 僕らの中で“MILK”は“きもい曲”って呼んでいて、気持ち悪いんですよね。で、映像も気持ち悪かったんです。だから“きもい”が重なり合って……。 熊谷 重くなっちゃったんだよね。 石井 もし“MILK”が、例えば透明感のある楽曲だったら、逆にそういう映像でもいいんだけど、我が強くてサイケデリックだから、映像も強いと胸焼けみたいになっちゃって。 ——MVの制作はどんな風に進めていったんですか? 石井 お客さんの紹介で、映像制作をしている大学生がライブを観にきてくれていて。僕らを気に入ってくれたみたいだったので、その子にお願いをしました。“MILK”って映画の『エレファント』(※)からインスピレーションを受けている部分があるんですけど、何も言わなくてもそれに気付いてくれて、良いのができそうだと思いました。 ※2003年公開。1999年4月にコロラド州コロンバイン高校で実際に起こった銃の乱射事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の映画。 ——じゃあ、その子のイメージで作られたMVなんですね。 石井 そうですね。グロテスクにならないようにしてほしいっていうのは伝えて、あとはお任せしてます。 ——今までのMVも誰かに任せて作っているんですか? 上田 普段は何通も制作してくれる人とやり取りをして、みんなで作り上げていくっていう感じです。でも“Y.M.C.K.”はそうじゃなかったね。 石井 “Y.M.C.K.”は素材だけ自分たちで撮影をして、CGの部分は制作してくれる人にお任せで詳細を聞いていなかったです。 Group2 - Y.M.C.K. Music Video
——制作者のイメージとバンドの世界観がずれていないということは、Group2のことをよく理解しているんですね。 山口 でも、ある程度は選んでるよね。自分たちに近くて、カッコイイって思える人にお願いをしています。 石井 いいって思う人はみんな一緒かもね。 ——楽曲へのこだわりはどうですか? 熊谷 それはもう上田が……。 上田 まぁ、自分たちが同じことをやり続けるのを避けるとか、他のバンドがやっていないことをするとかは意識しています。“Group2っぽい”っていうのを押さえて作ってますね。 石井 あとは、一瞬でも気持ち悪くして、きれいな曲で終わらせないっていうのは共通して意識しています。 上田 楽曲は僕がDTMで作ったものをみんなで合わせて、カタチにしていくっていう感じです。 熊谷 しんちゃん(上田真平)は大学院生で岐阜に住んでて、去年、社会人になってから、こっちに出てきたんです。 石井 遠距離バンドだったんですよ(笑)。岐阜から音源が送られてきてて。 Group2 ——なるほど。距離が近い方がディスカッションもしやくなると思うのですが、楽曲の方向性は始めた頃と変わりましたか? 石井 変わった変わった。 熊谷 昔はもっと素直だったよね。 石井 素直シューゲイザーって感じ。風花がシューゲババアだから(笑)。 山口 サークルで石井とバンドやりないねって話しはしてたんですけど、ずっと出来てなくて。就活が終わってやっと「やるか!」ってなったんです。で、シューゲババア(笑)だったから、シューゲにいきかけたけど……。 熊谷 風花以外がそんなにシューゲが好きな訳じゃなくて(笑)。 石井 しんちゃんが作るきれいなシティポップっぽさのある音楽と、基盤にあったシューゲが合わさって今のGroup2だよね。 ——MVやグッズのデザイン、楽曲の統一性を持たせる為に、何か共通で持ってるイメージや、メンバー内の共通点はありますか? 石井 なんだろう、“ひねくれたポップ”みたいな?さっき話した既視感がないものを突き詰めたり、エグさの中にあるポップが積み重なって、いつの間にか“Group2っぽい”ってなってるかもしれない。 上田 好きなバンドも似てるよね。みんな同じバンドをいいって言う。そういう所もあるのかな? 石井 そうかも。あとGroup2はゆるいよね、居心地がいい。 山口 ものすごく大まかに言うと性格があってるんだろうね。 ——そうしたら、ライブについてもお伺いできればと思います。山口さんはフロントマンとして意識してることはありますか? 山口 うーん、熊谷を見にくるお客さんが多い気がするから、熊谷のテンションが低かったら私が上げるしかない、とか(笑)? すごく1回テンションが低くて、うんこな時があって。 石井 確かにうんこで“クマガイ元気ないね時期”みたいのあったね。Helsinki Lambda Club(以降、ヘルシンキ)が丁度はじまって忙しかった時期。 上田 メンバーがみんな元気だと上手くいくのはあるよね。誰か1人でもテンションが低いとちょっとミスしたりはあるかも。 ——誰かが落ち込んでたら、元気付けようみたいな雰囲気になりますか? 山口 いや、ない。ほっとく。 一同 (笑)。 石井 そういうことがあっても、「なんかウケる~。」みたいなノリ。 山口 「アイツなんか調子悪いぞ、精神の!」みたいな感じだよね。 Group2 ——干渉しすぎないのもバンドを続けられる秘訣なんですかね。では、日常的なバンドのやり取りは何でしていますか? 石井 普段はLINEでやり取りしてるけど、全然返ってこなくて。僕らは会った時が一番話しが進みます。……やっぱLINEはあんまりよくないよね。しんちゃん、LINEがあんまりよくない話ししておいたら(笑)? 上田 まぁ顔見て話した方が想う事がしっかりと伝わるし、実際に会って話した方がいいねって話しを石井ちゃんにして……。 石井 その話を聞いて僕が感銘を受けて泣くっていう(笑)。 一同 (笑)。 上田 LINEは色々なことを削ぎ落していると思ってて。「髭がはえてるね。」とか、実際に会った時にしか生まれないコミュニケーションを取れている方がいいと思うんですよね。 熊谷 俺たちは練習の時にしっかりとそれができているよね。

「(株)Group2」。気付いたら創立3年目!?

——改めて、Group2が結成されるまでの経緯を教えてもらいたいです。 石井 僕と風花がフォークソングクラブっていう日芸(※)のサークルにいて、趣味が似ていたので「2人でバンドやる?」っていう話をしていたんです。その後、就活先の面接の控え室で僕と熊谷が一緒になったんですけど、そこで童貞の話しをして仲良くなって(笑)。 ※日本大学芸術学部の通称 熊谷 そうそう、20歳まで俺も童貞だったって話し(笑)。 石井 その頃に共通の知り合いが何人かいたしんちゃんにアタックしてみようと、何となく風花と話していて……。 上田 大学3年の時にやっていたバンドで、ギターあんまり弾けないなぁって思ってやめたんですよね。それで、暇してて。ちょうど卒業間際ぐらいに風花からLINEで「バンドやらない?」って連絡がきたんですよ。それで暇だったからやりたいってなって。 熊谷 石井がイベントを開催する予定で、それに向けてバンドを組むって感じだったよね? 石井 3年前ぐらい前に南池袋のミュージック・オルグでCairophenomenonsのリードギターとイベントをやる予定だったんですよ。JABBA DA HUTT FOOTBALL CLUBとかBatman Winksも出てて。それがGroup2の初ライブだよね。 ——そうだったんですね、イベントに向けて結成をしたバンドだったとは驚きです。 石井 そうなんです。熊谷のギターは聴いたことなかったけど、バンドはバイブスだと思って、熊谷をバンドに誘って風花に紹介をしました。その後にしんちゃんに告白して……。 熊谷 俺、それまでコピーバンドしかしたことなかったんだよね。 山口 けっこう奇跡的に集まったよね。 石井 もう無理(笑)。もう同じ事はやれないし、起きないと思う。 ——卒業だし、何か思い出を残そうっていう気持ちもあったんですか? 熊谷 確かにあったかも。 石井 でもこうなるとは思ってなかった。しんちゃんが入る時も岐阜の大学院に行くことが決まってたし、他の3人も就職先が決まってたから、イベントに出たら終わるのかなって思ってた。でも終わらないかもって、どこか思ってたかも(笑)。 熊谷 Group2で初めて発表した曲が“Sugar”っていう曲で、MVも作ったんですけど反響がけっこうあって。大阪のライヴにも呼ばれたりして、そういうのでモチベーションが上がったきがする。 Group2 - Sugar MV
石井 MVを公開した日からSNSも始めたんです。全然それまでは表立って活動してなかったよね。 ——なぜイベントが終わったあとも続けようって思ったんですか? 熊谷 思いの外、楽しかったんだと思う。 石井 あと4人でいる時の空気感が無理してなくて、いいのかも。 上田 確かに仲が良いから続けてこれたっていうのはあるね。合宿とか鍋もするしね。 熊谷 社会人ってすることないしね。 石井 そう、バンドなくなると凄い時間が出来て、辛いことになる気がする。かと言って、仕事しないのもキツイかなっていうのがあって。 熊谷 そこは俺らのスタンスだよね。 石井 働きながら両立して、風花が妊娠しても産休制度とかもある。 山口 産休制度……(笑)。 熊谷 産休、育休まである。出演時間固定、20時までには帰りますみたいな(笑)。 一同 (笑)。 ——『Group2』っていう会社で副業をしているみたいですね。 熊谷 確かに、『(株)Group2』みたいな。 Group2

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【2018年注目のバンド】宮内シンジ(YOUR ROMANCE)、佐藤栄太郎(indigo la End)井上まさやによるMISTAKESの時代を彩った邦楽集

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MISTAKES
mysoundイチ押しのアーティストにテーマに合わせた楽曲をピックアップしてもらい、その曲にまつわるエピソードから本質を掘り下げていくプレイリスト企画。今回は昨年12月に正式なデビュー曲“時代“をリリースしたばかりの3人組、MISTAKESの登場です。 YOUR ROMANCEのボーカル宮内シンジ、indigo la Endでも活動する佐藤栄太郎、デリシャスウィートスのメンバーでもある井上まさやの3人が集まって生み出される楽曲には、海外の音楽シーンのトレンドともリンクするソウルのフィーリングと、普遍的なポップ・ソングとしての魅力が高い次元でひとつになっています。 今回は「MISTAKESの時代を彩った邦楽集」をテーマに、メンバーが影響を受けた日本の音楽を選んでもらいました。

Interview:MISTAKES

MISTAKES
L→R:井上まさや(B)、宮内シンジ (Vo/G)、佐藤栄太郎 (Dr)
——今回はみなさんが影響を受けたJ-POP作品を選んでもらいました。まずはそれぞれの楽曲について、どんなところに魅力を感じたのか教えてもらえると嬉しいです。宮内さんの1曲目は菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの“Super Rich Kids”ですね。 宮内シンジ(Vo/G) 今回は時代をテーマにしつつ、自分たちが影響を受けたJ-POPを選んでみました。“Super Rich Kids”はフランク・オーシャンのカヴァー。原曲が入っている『Channel Orange』が出た12年頃は周りのインディ・ロック・バンドを聴いていた人たちがUSメインストリームの音楽やブラック・ミュージックも普通に聴くようになってきた時期で、そのきっかけになったのが『Channel Orange』だったと思うんですよ。「ストロークスのファーストみたいなアルバムだな」と思いました。 菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール – “Super Rich Kids” ——新しい時代のはじまりを象徴する作品、ということですね。 宮内 そうです。最初に聴いた人はびっくりしたり、理解できなかったかもしれないけど、結果的にその時代の一番かっこいいものになったというか。今回は日本のアーティストで選ぶというテーマだったので、菊池成孔さんのカヴァーにしました。菊池さんは、面白いカルチャーがあるところにちゃんといる感じがすごい。14年の『戦前と戦後』(菊池成孔が洋邦問わず戦前/戦後の楽曲をカヴァーしたヴォーカル・アルバム)の曲ですね。 佐藤栄太郎(Dr) “Super Rich Kids”のカヴァーは今っぽい現象ですよね。フランク・オーシャン筆頭に、ジャンルの輪郭を失くしていく最新のR&Bを受けて、菊地さんのような方がバンドでカヴァーするのはとても良いことだと思います。 宮内 次の矢野顕子さんの“ROSE GARDEN”は81年の『ただいま』の曲。坂本龍一さんが一緒に作っていますけど、YMOやティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、佐藤博、林立夫によるバンド)周りの人たちがたくさん参加していて、フュージョン的な感覚がある。当時の海外の音楽を比べても遜色のない音を鳴らしていると思うので、これも時代を象徴する曲だと思います。安全地帯の“ラン・オブ・ラック”は、この人たちの曲の中でもポップスの黄金時代の雰囲気の曲というより、ギター・ポップなんですよね。 矢野顕子 – “ROSE GARDEN” ——ネオアコのような雰囲気がある曲ですね。 宮内 アルバム『リメンバー・トゥ・リメンバー』(83年)の楽曲は基本的にはハード・ロックですけど、中でもこの曲は唯一のギター・ポップ。安全地帯はポップスを作っているバンドというイメージでしたが、ストリーミング・サービスで過去の音源を初めて聴いて、安全地帯はロックバンドという認識に変わりました。 安全地帯 – “ラン・オブ・ブラック”

気になる佐藤栄太郎&井上まさや選んだ「時代を彩った邦楽」とは?

続きをmysoundで読む!

text & interview by 杉山仁 photo by nakamura shintaro

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【インタビュー】息子アーサー・ジェフスが語る!父サイモンとペンギン・カフェ・オーケストラ最後の作品『Union Cafe』

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アーサー・ジェフス
ゴリラズやスウェード、トロージャンズなどのメンバーを含む腕利きのミュージシャンたちの集合体であり、17年の『The Imperfect Sea』以降はニルス・フラームやオーラヴル・アルナルズ、ピーター・ブロデリックらの作品でポスト・クラシカルの重要拠点として知られる英〈Erased Tapesに所属するプロジェクト、ペンギン・カフェ(Penguin Cafe)。 その中心人物アーサー・ジェフス(Arthur Jeffes)の父、サイモン氏が率いた前身グループ、ペンギン・カフェ・オーケストラ(Penguin Cafe Orchestra)の93年作『Union Cafe』が、彼の没後20年を記念して〈Erased Tapes〉より再発された。 この作品は、アンビエント/ミニマルが流行した80年代に「巨大なペンギンがオーナーを務めるカフェで鳴らされる音楽」をテーマに人気を博したペンギン・カフェ・オーケストラにとっての最後のスタジオ・アルバムであり、その魅力を未来へと語り継ぐために始動した現在のペンギン・カフェに繋がる、いわば最後期の重要なピースのひとつ。 全編にはアンビエント/ミニマルだけにとどまらない、チャーミングで遊び心溢れる不思議なサウンドが広がっている。 そこで今回は、現在の中心人物、アーサー・ジェフスにメール・インタビューを敢行。初LP化を含む再発プロジェクトが実現した経緯や、父親として/音楽家としてのサイモン・ジェフスについて、そして『Union Cafe』の魅力について語ってもらった。

Interview:アーサー・ジェフス(ペンギン・カフェ)

アーサー・ジェフス ——2017年はあなたのお父さん、サイモン・ジェフスの没後20年でした。その年にペンギン・カフェ・オーケストラの『Union Cafe』が再発されることになったいきさつはどんなものだったのですか? 今回はヴァイナルでのリリースも実現していますね。 まったく予想していなかった素晴らしい状況が噛み合わさったんだ。幸運だったよ。2016年の夏にニルス・フラームから、彼がロンドンのバービカンで主催する<Possibly Colliding>というフェスに出演しないかと誘われた。 それで〈Erased Tapes〉のレーベルオーナー、ロバート・ラスも含むニルスのチームに会ったら、彼のレーベルとそこで働いているスタッフみんなを好きになった。それで彼らとチームを組んで『Impact Sea』を2017年の5月に〈Erased Tapes〉からリリースした。 今回の再発に関しては、2017年の12月が僕の父が亡くなって20年になるから、特別なことをやりたかったんだ。ロバートにそのことを話したら、彼は父の最後のアルバム『Union Cafe』を知らなかった。というのも、ロバートはヴァイナル愛好家だけど、この作品は唯一ヴァイナルではリリースされていなかったからね。 だから、僕達はこれが父が亡くなってから20年を記念する完璧な方法だと感じた。この最後のアルバムをヴァイナルで出して、楽曲すべてのお祝いをしようと思ったんだ。90年代初めには、おそらくヴァイナルでのリリースがそれほど高く評価されていなかったけど、今は再び人気になっている。だからこのタイミングで、隠された宝石を世界に提示したんだよ。 ——『Union Cafe』がリリースされた93年当時、あなたは15歳ぐらいだったと思いますが、その頃のサイモンさんやこの作品について覚えていることがあれば教えてください。 父が“Nothing Really Blue”を作曲していた時のことを覚えているよ。僕がピアノでベースラインを演奏しようとしたんだけど(16分音符のなかにオクターブCだけでとても簡単なんだ)、この曲の美しさは一度に可能な限り最小数の音符数を変更するという原則の転調から生まれている。曲が形になっていく様を見るのはとても楽しかったね。 ——全編にはイギリスのポーロック、イタリアのボローニャなど楽曲ごとに世界各地の様々な場所が登場する他、アメリカを舞台にした“Discover America”にはジョニー&ザ・ハリケーンズの“Red river rock”(1959年)のメロディも登場します。 ポーロックが出てくる“Another One From Porlock”はサミュエル・テイラー・コールリッジ(イギリスの詩人/哲学者)の詩で、イングランド南西部のサマセットにあるポーロックから来た男に家のドアをノックされて夢から覚めた話についての曲。彼の夢は、有名な詩『所処はザナドゥ、クビラ・カーンは命ず』から始まる。 これはイングランドでは有名な話で、ドアをノックして夢を遮断する”ポーロックから来た男”は残りの夢を奪いに来ていると言われているんだ。 一方、“Silver Star Of Bologna”は父がイタリアのボローニャで行なわれたフェスティバルを手伝っているときに作曲したもので、最後に市から(曲名同様の)“Silver Star Of Bologna”という名前のメダルを贈呈されたんだ。“Discover America”は、正確に言うと“Red River Rock”、“Home on the Range”(“峠の我が家”:アメリカ民謡)、そして“When the Saints Go Marching In”(“聖者の行進”:黒人霊歌)の3つの曲が組み合わされている。父は同時にすべての曲を演奏することでどんな効果があるか試すのが好きな人で、これにはコープランド風の韻律を感じると思うよ。

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【インタビュー】キティー・デイジー&ルイス。高岩遼&成田アリサが訊く、「ジャンルにとらわれない、それぞれのMUSIC」

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キティー・デイジー&ルイス
昨年9月に4作目のアルバム『Superscope』をリリースしたロンドン生まれの3兄弟バンド、キティー・デイジー&ルイス(以下、KD&L)が2年ぶりの来日! ジャパンツアー初日の渋谷 CLUB QUATTROでのライブは東京が4年ぶりの大雪に見舞われた日に開催されたが、その寒さを吹き飛ばす熱気をもたらしてくれた。

▼来日公演のライブレポをチェック! 【ライブレポ】キティー・デイジー&ルイスは大雪にもろともしないほどアツい!

その翌日のインタビュー。今回はKD&Lのファンであり、前日のライブも観に行ったザ・スロットルの高岩遼と成田アリサがインタビュアーとなり、ライブや演奏、タンタンとの出会いなどを訊いた。

Kitty, Daisy & Lewis - Black Van

Interview:KITTY, DAISY&LEWIS インタビュアー:高岩遼&成田アリサ(ザ・スロットル)

キティー・デイジー&ルイス 高岩遼(以下、遼) 昨日のライブは本当に素晴らしかった。一番目の前で見たかったけど……。 成田アリサ(以下、アリサ) お客さんいっぱいだったから……。 キティー 楽屋のモニターを見ていて、1時間ぐらい前からお客さんが入って来てるんだけど、何をするでもなく最前列でじー……っと待ってるのが何かすごく可笑しかったってデイジーが言ってたわ。  日本人はtoo shyだから。 デイジー でもライブはすごくいい感じだったわ。 ルイス 日本は開演時間が早いね。ロンドンは夜の10時とか、11時とか。  日本人はマジメですからね。 ルイス でも(日本は)バーとかが遅くまでやってるからいいね。 キティー ロンドンは逆にお店の閉まる時間が早いので困るわ。 アリサ 日本とは逆ですね。  どうですか? 日本でライブをした感想は。 キティー すごい楽しかった。いつも楽しいんだけどね。 ルイス みんなからのリスペクトを感じたよ。 デイジー みんな一生懸命聴いてくれて、音楽が好きなんだっていう気持ちが伝わって来るのがうれしかった。  日本でロックンロールを聴いてる若い子は少ないのかもしれないけど、昨日みなさんのライブを観に行ったら、ちっちゃい子からおじいさんまでいてすごいなと思いました。 キティー 時代を問わない音楽だからね。私たちのライブは他の都市でもいろんなタイプのお客さんが来てくれるわ。 ルイス ロックンロールに限らず、ブルースとかジャズも子どもの頃から聴いている人ってあまりいないと思うので、それで入り込めないっていうのはあるのかもしれない。僕らの場合は、子どもの頃から触れてたのがすごいラッキーだったし、僕らを通じて若い人にも知ってもらえたらうれしいんだけどね。僕らはセットの中にポップな要素も入れ込むことによって幅の広さを出して、それが取っ付きやすさに繋がったらいいと思ってる。どんなに好きでもロックンロールだけとかだとやってる方も楽しくないし、観てても楽しくないと思う。 キティー・デイジー&ルイス  なので観てて楽しかったです。ベースとギターはパパとママ? KD&L Yeah. アリサ すごい。CDを作る時に録音してくれるのもパパなんですか? ルイス そうだね、全部ではないけど。家が自分たちのスタジオなので好きな時に好きなように使える感じだよ。  僕らも渋谷にアジトがあって、自分らでレコーディングしてます。 ルイス それはスタジオ?  はい、すごい小さいスタジオ。 ルイス うちのも小さいよ。  本当? ルイス 狭いからみんな縮こまって、小さくなって弾いたりして。  僕らもクローゼットをボーカルブースにしてます。 デイジー お母さんが楽器を弾く時、特にダブルベースなんかを弾く時は、場所が無いから「廊下で」って。 一同 ハハハー!  素晴らしいです。新しいアルバム『Superscope』も素晴らしかった。特に“Down On My Knees”って曲が。 アリサ うん、大好き。 デイジー 私たちも大好き。 ルイス でも実は、アルバムに入る予定じゃなかった曲なんだよね。そもそも日本のボーナス・トラックのつもりで録ったんだ。でもレーベルもいいって言ってくれたし、あの曲は半日ぐらいで録っちゃったんだよね。 遼&アリサ ええー!  あのミュージック・ビデオは誰が撮ったんですか? ルイス レーベルがいろいろな監督を提案してくれて、その中から選んだんだ。  ルイスは殴られてましたよね? 一同 ハハハー! キティ 翌朝起きたら、みんなアザだらけになってたわ。 キティー・デイジー&ルイス アリサ もちろん普段はみなさん仲良いんですよね? キティ ええ。でも家族でちょっとしたことはあるでしょう?  ルイス 地元にいる時はけっこう別々で過ごしてるしね。ツアーになるとずっといっしょだから。  ルイスが一番年下? キティ 私が25歳、デイジーが29歳、ルイスが27歳。  27歳? Me too. ルイス 27? Yeah!!! アリサ わたしは29歳。 デイジー Yeah!!! ルイス みなさんはけっこうライブは多いの?  僕らはずっとストリートでやってて。 ルイス バスキングのような感じ? 僕らもやりたいなと思ってたんだよね。  渋谷が多かったんだけど、日本はそういう面で厳しくてお巡りさんに追われ追われて……。 ルイス 僕らは許可証が無いと出来ないんだよね。限られた人にしか許可が下りないんだ。  そうなんだ。僕もパクられる寸前で終わったんですよ。 ルイス 基本的にダメなんだね。何回ぐらいライブをやったの?  3年間で3000回。 デイジー 3年間で3000回? それは多いわね。  その度に始末書を書くんですよ。まあでも……いっしょにやりたいね。 アリサ すごい人が集まってくるだろうなー。 キティー じゃあいっしょに牢屋入りね。 一同 ハハハハー! キティー でも牢屋でいっしょにセッションできるわ。 ルイス “Jailhouse Rock(監獄ロック)”。  間違いない。 キティー・デイジー&ルイス ルイス 今は会場でライブをやってるの?  はい、今はもうストリートでは出来なくなったので。だからイギリスにも行きたいし、その時が来たらいっしょにやりたい。 ルイス (イギリスに)行ったことは? 遼&アリサ ない……。 ルイス 僕らの住んでいるカムデン・タウンは音楽があふれている街なんだよ。  行きたいですね。 アリサ 行きたーい! キティー カムデンのストリートでウケると思う。  絶対やりたい。 アリサ やりたーい! キティー 一回ぐらいならやっても大丈夫よ。  イギリスの警察、怖そうだな。 ルイス 全然怖くないよ。けっこうジェントルマンで優しい。  じゃあもうやっちゃいましょう。 ルイス 日本の警察は怖いの?  ……でもいいエピソードがあって。渋谷のお巡りさんが助けてくれたことがあったんですけど、その後に私服でライブハウスに来てくれました。 ルイス いいね。僕らは子どもの頃からやってるから、遅くまでライブをやってると次の日、学校に遅刻しちゃったりすることがあって。でもそれを見逃してくれる先生がいたんだ。なぜならその先生もライブに来てたから。 キティー・デイジー&ルイス 一同 ハハハハハー!  超寛大ですね。 アリサ いいエピソード。

Kitty, Daisy & Lewis - Down On My Knees

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【インタビュー】ザ・ラモナ・フラワーズが語る、映画サントラ的サウンド、現在制作中の新作『STRANGERS』と現代の音楽シーンについて

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The Ramona Flowers
英ブリストルで結成され、これまで2作のアルバム、昨年の<FUJI ROCK FESTIVAL>(以下、フジロック)初出演前の入門編的なEP『MAGNIFY』をリリースしたザ・ラモナ・フラワーズ(The Ramona Flowers)。何より、朝一のレッドマーキーを沸かせたことで、より彼らの音楽が身近になったリスナーも少なくないだろう。エレクトロと生音を融合したバンドの中でも、シンセポップ的な親しみやすさ、哀愁も兼ね備えたスティーヴのボーカル表現はポップミュージックとして間口の広さも証明した。

The Ramona Flowers - If You Remember

The Ramona Flowers - Dirty World (Official Video)

今回は初の単独公演となった昨年12月の東京公演のために来日した5人をキャッチしてのインタビューを敢行。80年代的なシンセポップ色と、フィジカルなバンドのダイナミズムの両方をを融合したという、現在制作中の3rdアルバム『STRANGERS』について、制作時に受けた影響、また現在のUKミュージックシーンについてアーティストとして実感していることなどをリラックスしたムードの中でランダムに訊いてみた。

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Interview:ザ・ラモナ・フラワーズ

The Ramona Flowers ——前回は<フジロック>出演直後の感想でしたが、時間が経過した今、バンドのパフォーマンスに関する感想をお聞きできますか? サム・ジェームス(Gt、以下サム) すごく楽しかったし、かなりアメイジングだった。もしUKで同じ朝の時間帯だったら、おそらくお客さんはいなかっただろう。だけど、<フジロック>はたくさんお客さんがいて、反応も良くて楽しくて、今までで一番良かったギグの一つだと思うね。 ——それは日本人としてもありがとうございます(笑)。そして他の出演者ではサンファのアクトが良かったと言ってましたね。 サム そうそう、グレイトだった。その後、マーキュリープライズも獲得したね。

Sampha - (No One Knows Me) Like The Piano (Official Music Video)

——日本のバンドは見ましたか? スティーヴ・バード(Vo、以下スティーヴ) 自分たちの後に出たバンドは覚えてる、多分The fin.かな? ——The fin.は今、イギリスで活動してるんですよ。 スティーヴ ああ、そうなんだ? もしまた機会があればUKで見たいね。

The fin. - Through The Deep

The Ramona Flowers ——<フジロック>全体に関しては、世界のフェスの中でもどういう部分がユニークだと思いましたか? エド・ガリモア(Dr、以下エド) ロケーション。すごくきれいだし、フェスを仕切ってる人たちもいいし、あとは一番クリーンなフェスだってことかな。 ウェイン・ジョーンズ(Ba、以下ウェイン) オーディエンスも親切だし。 ——今年は久しぶりにずっと雨だったんですが、お客さんもタフで。 一同 そうだね。 サム でも<グラストンベリー>で雨には慣れてるからね(笑)。 ——確かに(笑)。すでに<フジロック>のステージでも“Stranger”をプレイされていたと思うんですけど、当時演奏した時の反応はいかがでしたか? サム ライブでまだやったことはなくて、当時完全に完成された曲ではなかったから、それに合わせて歌ってくれる人は確かにいなかったけど、グルーヴを感じてノッテくれてるんだろうな、曲に入ってきてくれてるんだろうなって印象はやってて感じられたかな。 ——アルバム制作に本格的に入ったのは、そのあとですか? スティーヴ 入ってるぐらい、ちょうど中間ぐらい。 ——<フジロック>のみならず、今回のアルバム制作期間中にどんな音楽から影響を受けていますか? ウェイン レコーディング中良く聴いてたのはサンファとかフェニックス、M83、それからエヴリシング・エヴリシング、あと、ウィークエンド、この辺のアルバムはよく聴いていたんで、影響を受けてるんじゃないかな。

Phoenix - Ti Amo

M83 - Do It, Try It (David Wilson Video)

Everything Everything - Desire (Official Video)

The Weeknd - I Feel It Coming ft. Daft Punk

——それらのアーティストは世界的なトレンドですね。 スティーヴ この辺のバンドはかなりエレクトリックな感じだったりするし、自分たちの音とも近いので、そういう意味でも影響を受けやすかったんだと思う。 —そういうテイストに加えて、現在のラフ音源を聴いた感じ、次作はよりミニマルなサウンドで、しかもマイナーキーの曲が多くなりそうな印象ですが、そういう曲が多くなる理由はありますか? サム 目標としてた音は、ドリームポップというか、これまではかなり暗い感じのものが多かったので、もっとアップリフティングというか、元気が出るようなものをっていうコンセプトはあって。それが例えば歌詞にも影響してるとは思う。 The Ramona Flowers ——じゃあむしろイギリス的な陰のムードはありつつも、バンドとしてはアップリフティングなサウンドを目指したんですね。 サム イメージ的には映画のサントラのような感じで、80年代の映画のサントラと比較できるような音になってるんじゃないかと思う。 ——80年代の音楽も色々ありますけど、サムさんにとっての80年代とは? サム シンセ(即答)。それがやっぱりメジャーなこととしてあって、すごくきれいなメロディだったりとか、アップリフティングな雰囲気だったりとかを80年代の映画から感じるんだ、 ——映画の影響が大きいんですか? サム そうだね……。 エド (遮るように)『グーニーズ』だったり『トップガン』とか、映画自体はどうかと思うような内容だけどサントラはすごくかっこいい(笑)。 サム 80年代の映画のサントラって基本的にすごいいいものが多いんだよね。どんなに駄作でも、今と比べて。 エド 前回の2ndアルバムも自分たちの中ではサントラのイメージを含んだヴァイブがあるアルバムだったと思うよ。『ブレードランナー』のイメージとかね。 ——ちなみに『ブレードランナー』はオリジナルの方が好きですか? サム 新しいのはまだ見てないんだ。 エド オリジナルは東京みたいなムードがあるもんね。 ——確かに今の東京みたいですよね。 一同 そうだね。 The Ramona Flowers ——映画のサントラのイメージということで言えば、次作の『STRANGERS』はどんなストーリーを持っているんでしょう? スティーヴ 歌詞の面からいうと、ストーリーは大体、人間関係のことで、まぁ初めて会っていい方向にいくパターンと、逆の方向にいくパターン、悪く行くパターンっていう内容の歌詞があるアルバムになってるんだ。サウンド面で言うと、さっきも話してたようにアップリフティングトいうか、もっとダンサブルな曲、美しいメロディを含む楽曲がテーマとしてあると思う。 ——歌詞を見ると、変わろうとしてるんだけど変われない主人公だったり、特に楽曲の“Strangers”では愛してる人のことを知りすぎたくないみたいな印象を受けましたが。 サム まぁ、男女間っていうのもあるんだけど、そこにこだわりはなくて、例えば兄弟同士とかいとことか、男性女性だけじゃなくて、男性男性だったり、女性女性だったり、特にこれっていう関係は決まってないんだ。 ——人間関係の距離感の描き方が絶妙ですね。 スティーヴ ありがとう。

The Ramona Flowers - Strangers (Official Video)

——ストレンジャーズは「見知らぬ者たち」ですけど、そこに込められた気持ちや思いは? サム 出会いが良くなることもあれば、悪くなることもあるっていう意味があってのストレンジャーで、知り合ってうまくいくパターンとダメになるパターンっていうのは、そのストレンジャーだった人が、また関係が悪くなってストレンジャーに戻るという、結局そういうサークルラインだという、二つの意味が隠れてるということなんだ。 The Ramona Flowers

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【対談】大木伸夫(ACIDMAN)×カタオカセブン。360°VRライブ映像「VROOM」とVRの未来を語る

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auの音楽サービス「うたパス」が提供するVRコンテンツ「VROOM(ブイアルーム)」にて、ACIDMANの大木伸夫とNAOTO QUARTETによるスペシャル・ユニット「ROCKIN' QUARTET」によるVR映像が公開された。 「VROOM(ブイアルーム)」は過去にもgo!go!vanillas、Awesome City Club、GRIM SPANKY、SILENT SIREN、ORANGE RANGEといった様々なアーティストの撮りおろしVR映像を配信しているプロジェクト。その第6弾となる今回は、「ROCKIN' QUARTET」によるACIDMANの楽曲“ある証明”のライブ映像を360°VRで撮影し、メンバーの息遣いまで感じられる特等席とも言える空間で、彼らの演奏のダイナミズムを臨場感溢れる体験型コンテンツに落とし込んでいる。 今回はその制作過程やそもそもの企画が実現した経緯、そしてプロジェクトを通して感じたVRコンテンツの可能性を、「VROOM(ブイアルーム)」プロデューサーのカタオカセブン氏と、ACIDMANの大木伸夫氏に語ってもらった。

Interview:大木伸夫×カタオカセブン

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大木伸夫
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カタオカセブン
——今回は「ROCKIN' QUARTET」でタッグを組んでいる大木さんとNAOTO QUARTETによる“ある証明”の撮影が実現しました。まずはカタオカさんに伺いたいのですが、今回「ROCKIN' QUARTET」を起用した決め手はどんなものだったのでしょう? カタオカセブン(以下、カタオカ) 「ROCKIN' QUARTET」という企画がはじまるという話を企画のプロデューサーに聞いたときに、単純に「面白そうだな」と興味を持っていたんですよ。想像するだけでも美しい世界観のものになるんじゃないかと思って。結局、ライブに向かうことは出来なかったんですが、その後ライブの映像を観させていただいたときに「ああ、これを撮りたい!」と純粋に思えて。それを今回やっと実現出来たというのが一番の経緯ですね。 ——「ROCKIN' QUARTET」はストリングス・カルテットと大木さんのコラボレーションとあって、大木さんにとってもかなり新鮮な体験になっているのではないかと思います。 大木伸夫(以下、大木) 普段とは全然違いますね。僕は普段ACIDMANでギターを弾きながら歌っているわけですけど、あのプロジェクトは僕がマイク一本で歌だけに専念出来るし、アレンジもすべてNAOTOさんにお任せしているので、普段のライブとはまったく異なる体験でした。僕自身、自分の作った歌詞や歌の世界に入り込めるような魅力を感じたので、普段とは違う形で音楽表現をするいい場所をいただけたような感覚でした。 カタオカ やっぱり、ACIDMANのときとは全然違う感覚なんですね。 大木 誤解されるとよくないですけど、あえて言うならACIDMANのときは100%しんどい(笑)。というのも、やることがたくさんありますし、前準備も必要だし、ライブが終わった後の余韻もすごいので。でも、「ROCKIN' QUARTET」では歌だけに集中することができるというのが、とても新鮮でした。アレンジもNAOTOさんが原曲の魅力を生かしつつすべて担当してくれたので、ACIDMANの楽曲をアレンジ違いのBパターンでライブをしているような雰囲気でした。 VROOM ——そして今回、「VROOM(ブイアルーム)」でのプロジェクトが実現しました。 大木 面白い企画をいただきました。僕はもともとVRに興味があったんですよ。男なので、最初はVRAVへの興味が一番でしたけどね(笑)。でも、そこから次は、ホラー映像や、宇宙のVRも体験したくなりました。とにかくドキドキしたいというか、VRはそういうコンテンツに向いているのかな、と思う部分があったので。 カタオカ そういえば、ちょうど撮影の前後に、VRAVの話をしたんですよ。ただ、大木さんはあまりはまらないのかな、とは最初にお伝えしていて。 大木 飲んでいるときに、「大木さんはハマらないかもしれない。制作側の視点で見てしまうんじゃないか」と言われました。それで「そんなわけあるかい! 俺がどんだけエロいと思ってるんじゃ!」と思って観てみたら、確かにあまりハマらなかった……。 ——(笑)。大木さんはACIDMANでもヴィジュアル要素を含めた表現を大切にされてきただけに、むしろ音楽活動における映像ツールしての可能性を感じたんじゃないですか? 大木 そうですね。僕はもともと最先端技術のようなものが大好きで、VRも15年ぐらい前から興味があって、「いつかこの技術が身近にならないかな」と思っていたんですよ。それがここまで身近なものになっていることを、今回のプロジェクトで実感できました。「今後、これも表現のツールとして存在していくんだな」と改めて感じましたね。 ——今回の映像は「ROCKIN' QUARTET」でACIDMANの“ある証明”が演奏されています。まず、この映像作品の大枠としてはどんなことを考えていったんでしょう? カタオカ 今回の映像に関してはすごくシンプルで、まずは「ROCKIN' QUARTET」の演奏を間近で観てみたい、ということですよね。でも、ライブでそれを実現するには特等席の券売をするしかない。だから、その特等席をVR空間に用意しようと思ったんです。今回はそういうシンプルな発想でいきました。これはファンやお客さんは絶対に嬉しいだろうと。 ——“ある証明” を選んだ理由は何かあったのですか? この曲はACIDMANにとって、メンバーの関係性が上手くいかず一度バンドが分解しかけた時期を経て、また前に進んでいく際に出来た大事な曲でもあり、ライブの定番曲でもあると思います。 大木 そうですね。この曲は、バンドがはじまって5年ぐらい経ったときに作った曲で、それから10年ぐらい、ほぼ欠かさずずっとライブで演奏してきた曲です。だから、僕らにとってはすごく大事な曲でもあり、それをNAOTOさんが見事にアレンジしてくれたので、「ROCKIN' QUARTET」にとってもプロジェクトを象徴する曲のひとつだと思います。

ACIDMAN - ある証明

——これまでの「VROOM(ブイアルーム)」の映像と比べても、今回の作品は実際の演奏の臨場感やリアリティのようなものが大切に表現されているように思いました。 カタオカ そうですね。「この演奏をVRで観たい!」と思ったときの初期衝動のようなものや、美しさに監督とこだわっていきました。つまり、NAOTO QUARTETの演奏と大木さんの声を映像の中にどれだけ美しく落とし込めるか、ということですね。「ROCKIN' QUARTETの輪の中に入れたら最高だな」という初期衝動をどう具現化して、観てくれる人がその世界に入り込めるものにしていくか、ということが重要でした。 あと、企画に賛同してくださったレコーディングエンジニア山内"Dr.”隆義(gogomix@)さんをご紹介頂いて、音も生演奏で録らせていただけたので、映像だけではなく今回も「音」にこだわりました。そこでレコーディング・スタジオでの撮影になりました。もちろん、最初は色々な候補があって、白ホリのスタジオで撮ろうとか、ガラスのモニュメントの前で撮って、そのモニュメントに「ROCKIN' QUARTET」のシルエットを反射させようとか……色んな案があったんですよ。モニュメントの案では、モニュメントに投影された大木さんだけが歌っていない、という仕掛けを作ろうとか、結構色々考えました。 大木 へええ、そっちの方がよかったかも(笑)。 カタオカ こら!(笑)。じゃあ、このアイディアはACIDMANのVR作品に撮っておきましょう。他にも、ACIDMANの新作『Λ(ラムダ)』の6曲目“ユートピア”を聴いていて思ったことなんですけど、4枚の鏡を並べてひとつだけ実際の大木さんの映像にするとか……。色々なアイディアを考えていった中で、最終的にこの形に落ち着きました。 ——シンプルなようでいて、全編には様々な工夫が凝らされていますね。冒頭、先に位置についているNAOTOさんたちのところに大木さんが階段を降りてやってきますが、そのときの大木さんの靴音のようなものまで聞こえてくるところなどは印象的でした。 カタオカ VR映像は360°観られることもあって、目線誘導のために入れた個所ですね。その辺りは、「ROCKIN' QUARTET」のみなさんにとても助けてもらいました。360°観られるVR撮影の場合、僕らスタッフは(映らない場所に)逃げないといけないので、最終的には出演するみなさんにお任せしなければいけなくなるんですよ。この辺りは、「ROCKIN' QUARTET」のみなさんに上手くやっていただいたところですね。とはいえ、大木さんは「歌詞間違えたかも?」と言われていましたけど(笑)。 大木 ちょっとだけ間違えてしまったんですよ。もう10何年も歌っている曲だし、目の前に歌詞カードがあるにもかかわらず(笑)。 カタオカ そこは公開されたものでチェックしてもらえると嬉しいですね。 VROOM

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